グリモワール

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[[File:Talis02.png|frame|『黒い雌鶏』所載の護符]] グリモワール (Template:Lang-fr-short グリムワール、グリモワ、グリモアとも) とは、フランス語呪文集を意味し、特にヨーロッパで流布した魔術書を指す。奥義書(おうぎしょ)、魔導書(まどうしょ)、魔法書(まほうしょ)ともいう。類義語に黒本、黒書(black books)がある。

狭義では悪魔精霊天使などを呼び出して、願い事を叶えさせる手順、そのために必要な魔法円ペンタクルシジルのデザインが記された書物を指すが、魔術を行う側の立場から書かれた悪魔学書、魔術呪術などに関する知識、奥義を記した古文書書物全般のことを指す場合もある。

ソロモンの鍵』『ソロモンの小さな鍵』『黒い雌鶏』などが有名で、特に『大奥義書』の異本『赤竜』に加えられた、黒い雌鶏を使った召喚儀式に登場する「エロイムエッサイム 我は求め訴えたり」(Eloim, Essaim, frugativi et appelavi)<ref name="BBM"></ref><ref>版によっては Euphas, Metahîm, frugativi et appellavi. となっている。[1]参照。</ref><ref>澁澤龍彦の『黒魔術の手帖』では「エロヒムよ、エサイムよ、わが呼び声を聞け」という『黒い牝鶏』の呪文が紹介されている。</ref>という呪文は、「悪魔くん」や『魔界転生』などの作品に取り入れられ、日本でも有名である。

目次

概要

グリモワールは主として中世後期から19世紀までヨーロッパで流布した魔術の手引書・指南書・便覧を指す。霊的存在の力を利用する「神霊魔術」(demonic magic)や「降霊術」(necromancy)に関するものが多く、儀式、呪文、護符、呪具の作成法、儀式魔術に関連する鬼神学の記述などを主な内容としている。また、種々雑多な“まじない”のレシピ集のようなものもグリモワールに分類される。グリモワールとそうでない魔術書を峻別する絶対基準はないが、ヘルメス主義ネオプラトニズムに基づく哲学的な魔術論や、錬金術や占星術、博物学的な自然魔術の知識の記述を主眼とした書物(アグリッパの『隠秘哲学』、ジョルダーノ・ブルーノの『魔術論』、デッラ・ポルタの『自然魔術』など)は通常グリモワールと呼ばれない。A・E・ウェイトは著書『黒魔術の書』の中で、グリモワールと黒魔術的でない魔術書を暗に区別し、『ホノリウスの誓いの書』はグリモワールではないとしている<ref name="BBM"/>。

グリモワール(grimoire)という言葉の由来については「文法(書)」を意味するフランス語の grammaire から派生したとの説が有力である。フランスではかつて grammaire はラテン語で書かれた書物を指した。中世ヨーロッパで「文法」(grammatica)といえばラテン語の文法や教養を意味したが、一般の人々にとってラテン語は聖職者などの限られた人だけが読める“ちんぷんかんぷん”なものであった。民衆の中でしばしば「文法」と「魔法」が関連付けられたであろうことは、イギリスで grammar の異形 gramarye が「魔法」の意味で用いられたという事実からも窺い知れる。グリモワールという言葉が普及したであろう18世紀のフランスでは、魔法書の大衆化傾向の中<ref>当時のフランスでは民衆語で書かれた廉価本の出版が盛んで、その中には通俗的な魔法書も少なからずあった。</ref>、依然としてラテン語で書かれた魔法書の写本も流布していた。今日フランス語では grimoire という言葉は「わけのわからない書物」「判読不能な文字」の比喩としても用いられる。

しばしば「グリモワールは中世のヨーロッパで書かれた」と言われるが、必ずしもそうではない。13世紀前半にはパリの司教、オーベルニュのギヨームが、1267年頃にはロジャー・ベーコンがこうした書物に言及しており、中世後期の12-13世紀ごろには今日グリモワールと呼ばれているような書物がすでにあったことが判る<ref name="NC">ノーマン・コーン 『魔女狩りの社会史 ヨーロッパの内なる悪霊』 山本通訳、岩波書店</ref>。しかし現存する写本や刊本の多くは17世紀以降のもので、中世に書かれたものは例外的である。『ソロモンの鍵』の現存する写本の多くは17-18世紀のものであり、『レメゲトン』の現存する最古の版は1641年のものである<ref></ref>。現存するグリモワールの中には、中世を起源とする書物の近世における異本と考えられるものもあるが、権威付けのために「中世、あるいは古代に記された原典を現代語訳したもの」と自称している「近世・近代の産物」も多いと考えてよい。

魔法書の歴史

キリスト教徒とイスラム教徒とユダヤ教徒の文化が共存していた12-13世紀のイベリア半島やシチリアでは、アラビア語の書物が盛んにラテン語に翻訳された。その中には、中世アラビアのヘレニズム的魔術を集成した『ガーヤト・アル=ハキーム』や、自然魔術的な内容を含む偽アリストテレスの『秘中の秘』などもあった。中世ユダヤの魔術書『天使ラジエルの書』もこの時期にラテン語訳が作られている。こうしてもたらされた占星術や魔術の知識はヨーロッパのキリスト教徒に刺激を与え、キリスト教的要素をもつ新しい魔術書がヨーロッパで生み出されることとなった。ロジャー・ベーコンやアルベルトゥス・マグヌスといった中世の著述家の残した記述から、フランスやドイツで当時出回っていたさまざまな魔術書の名を知ることができる。この時代から存在すると言われている魔術書『アルス・ノトリア』は14世紀以降の多数の写本が現存している。

中世後期からルネサンス期には、こうした書物は主として聖職者や学者、学生など、ラテン語の読み書きができる多少なりとも教養のある人々に読まれ、写本の形で流布していた。これらの書物に記された儀式魔術は識字者による識字者のための魔術であり、民間に口承で伝えられる民衆魔術と対比される。そのことは、ヨーロッパ中世において儀式魔術の担い手の多くが聖職者であったことを意味する。儀式魔術は悪霊と交渉する異端的なものとしてトマス・アクイナスなどの神学者から非難されていたが、一部の聖職者(中世宗教史の研究者リチャード・キークヘファーの言うところの下層聖職者層 clerical underworld<ref name="MMA">Kieckhefer, Richard. Magic in the Middle Ages. Cambridge University Press, 2000.</ref>)は魔術に手を染めていた。たとえば12世紀のヘンリー2世の頃の学僧、ソールズベリーのジョンは少年の頃、鏡を使った魔術を行う神父に霊視者の役をさせられたという<ref>度会好一 『魔女幻想』 中公新書</ref>。降霊術を行った廉で告発された聖職者の宗教裁判の記録は数多く残っており、その中には司教も含まれる<ref>ライナー・デッカー 『教皇と魔女』佐藤正樹・佐々木れい訳、法政大学出版局、2007年</ref>。教区の司祭助祭といった末端の聖職者は、神学には比較的無知であったかもしれないが、キリスト教の典礼に通じており、その知識を儀式魔術に転用することができた。読師などの下級聖職者や司祭を目指して剃髪した少年も、読み書きができ、修道院の図書館から得た知識を魔術に活用することができた。祓魔師に叙階された者の中には、実際には祓魔式を行わず、山師的降霊術師になる者もいた<ref name="MMA"/>。冬の間だけ大学で学び、夏は流浪し、農民に魔術の力を吹聴してイカサマを働く貧乏放浪学生もいた<ref>クルト・バッシュビッツ 『魔女と魔女裁判』 川端豊彦・坂井州二訳、法政大学出版局</ref>。『隠秘哲学』において自然魔術を論じたネッテスハイムのハインリヒ・コルネリウス・アグリッパは、儀式魔術について具体的な記述を残さなかったが、後にアグリッパの『隠秘哲学』の第四書と称する儀式魔術書が『遺作集』に収録された。これをアグリッパが悪霊と関わる儀式魔術を行っていた証拠と考える者もいたが、若い頃アグリッパの弟子であった医師ヨーハン・ヴァイヤーはこれを偽書と断言した。

魔女狩りの時代には大っぴらにグリモワールを作ったり所持することはできなかったが、異性の愛を得る、財宝を発見するなどの世俗的な目的の魔術は人々の間で需要があった。17世紀から18世紀は宝探しが盛んな時代であったが、隠された財宝は精霊や幽霊に守られているとの伝承があり、宝探しには魔術が有効と考えられていた。そのため一獲千金が狙えるグリモワールは高値で取引されたという<ref>溝井裕一 『ファウスト伝説 悪魔と魔法の西洋文化史』 文理閣</ref>。近代には一般民衆の識字率が上がり、種々のまじないを寄せ集めた通俗的な魔術本が出版されるようになった。かつては聖職者や大学人や宮廷人のものであった魔法書は、医師や弁護士といった都市のインテリ層、さらには職人や商人といった一般の人々も所持する民衆的な書物となった。イングランドでカニングウーマンと呼ばれたような民間の占い師や治療師も、グリモワールに図示された護符などを利用するようになった。フランスでは17世紀から18世紀に行商人によって「青本」という民衆本が売りさばかれたが、その中には通俗的な魔術書の類も多かった<ref>上山安敏 『魔女とキリスト教』 講談社学術文庫</ref>。ドイツでは18世紀に一般民衆を対象とした「家父長のための書物」と呼ばれる実用書の出版が盛んになったが、その一環として魔術書も出回るようになった<ref>牟田和夫 『魔女裁判 魔術と民衆のドイツ史』 吉川弘文館</ref>。しかし魔法書は自分で筆写したものでなければ力あるものとならないという考えも根強く、印刷されたものでない写本の形の魔法書が多く用いられていた。

主なグリモワール

中世およびルネサンス期のグリモワール

『ホノリウスの誓いの書』(The Sworn Book of Honorius
ラテン語原題は Liber sacer (聖なる書)別名 Liber iuratus (誓書)。エウクレイデスの息子、テーベのホノリウスによって書かれたと称する降霊術の手引書。古いものでは14世紀の2種類のラテン語写本が現存しており、その一つはジョン・ディーの蔵書であった。オリジナルは13世紀前半に書かれたと推定される。
『アルス・ノトリア』(Ars Notoria、「名高き術」または Ars Notaria、「書記の術」)
1300年から1600年までのさまざまな写本が残っている。天使がソロモンに授けたという祈りの文句やラテン語で nota と呼ばれる図、清めの儀式などが記されている。自由学芸の知識の獲得、言語の速習、記憶力の強化、キリスト教的な神秘体験などを目的としている。
ソロモンの鍵』(Clavicula Salomonis)<ref>Clavicula は「小さな鍵」を意味するが、ここでは単に「鍵」と訳す。今日では『ソロモン王の小さな鍵』と言えば『レメゲトン』の方を指すことが多い。一方、マグレガー・マサース版『ソロモン王の鍵』は後に海賊版の出版者 L・W・デ・ローレンスによって『ソロモンの大いなる鍵』(The Greater Key of Solomon)というタイトルが付けられた。</ref>
ソロモンに帰せられる魔術書の中でもイタリアやフランスで最も広く流布したもの。知られている最古のものは15世紀に書かれたギリシア語版であり、『ソロモンの魔術論』または『ヒュグロマンテイア』(水占術)と呼ばれている。その後ラテン語版とイタリア語版が作られた。ヘブライ語版から翻訳されたとも称されているが、17世紀より古いヘブライ語版の存在は確認されていない。17世紀から19世紀にかけて出回っていた「ソロモンの鍵」と称するさまざまなバージョンの写本は数知れない。今日よく知られているマグレガー・マサース編の『ソロモン王の鍵』(The Key of Solomon the King、1889年)は、大英博物館所蔵のフランス語とラテン語の複数の写本から悪魔的夾雑物を排して再構成したものである。
『精霊の職務の書』(The Book of the offices of the spirits
1260年代にロジャー・ベーコンが当時出回っていた偽ソロモン文書の一つに挙げているもの。現存しないため内容は不明だが、17世紀に出回ったグリモワール『レメゲトン』の第一部「ゴエティア」と同様に、悪霊を列挙し、それぞれの特徴と役割を記した書物と推測される<ref name="NC"/>。1508年にトリテミウスが同様の表題をもつ書物(De Oficiis Spirituum)に言及している。また、ヨーハン・ヴァイヤーの『悪霊の幻惑について』の補遺「悪魔の偽王国」(1577年)には『精霊の職務の書』(Liber officiorum spirituum)を参照したと記されている。「悪魔の偽王国」は儀式魔術に批判的とされる人物によって書かれたものだが、内容は「ゴエティア」と密接に関連しており、「ゴエティア」の異本とみなす向きもある。ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ所蔵の16世紀の写本 Livre des esperitz も同趣の書物である<ref>[2]参照。</ref>。
『アルマンダル』(Almandal)または『アルマンデル』(Almandel)
ソロモンに帰せられる魔術書のひとつで、四方の天使の召喚を扱っている。13世紀にアルベルトゥス・マグヌスが言及しており、15世紀のドイツ語版とラテン語版が現存する。「アルマンダル」はアラビア語に由来し、「ソロモンのアルマデル」は銀の尖筆で神聖名やシジルを刻み込む蝋板を指す。
  • アグリッパの『隠秘哲学第四書』(Fourth Book of Occult Philosophy
  • 『アルバテル』(Arbatel
  • 『ヘプタメロン』(Heptameron

近世および近代のグリモワール

レメゲトン』(Lemegeton
「ソロモンの小鍵」(Clavicula Salomonis)という副題の下に四種または五種の魔術書をまとめた、いわばソロモン魔術の選集。17世紀に出回ったとされ、大英図書館スローン文庫に17世紀の英語写本数点が保管されている(同ハーリー文庫には18世紀の写本がある)。構成は「ゴエティア」「テウルギア・ゴエティア」「パウロの術」「アルマデル(Almadel)の術」「アルス・ノトリア」となっている。
ゴエティア」(Goetia
画像:Goetia seal of solomon.svg
ソロモンの秘印(ゴエティア)
『レメゲトン』の第一部で、ソロモン王が使役したという72の悪霊の説明を主な内容としている。各悪霊のシジルが収録されているのも大きな特徴である。「ゴエティア」は20世紀初頭にアレイスター・クロウリーによって『ソロモン王のゴエティアの書』(The Book of Goetia of Solomon the King)という題で出版された。これはマグレガー・マサースが大英博物館で転写したものが基になっており、英訳と称されているが実際には原本も英語で書かれている。
『アルマデル奥義書』(The Grimoire of Armadel
天使と悪魔を含む多数の精霊のシジルを収めた、17世紀のキリスト教的魔術書。パリのアルスナル図書館所蔵のフランス語写本(MS 88、ラテン語原題 Liber Armadel)を基にマグレガー・マサースが英訳したもので、訳者の死後60年以上経た1980年に出版された。Armadel が何を指すのか今となっては不明だが、当時の魔術において権威ある名前の一つであったようである。17世紀には魔術の種類にトリテミウスの術、パウロの術、ルルスの術などと並びアルマデル(Armadel)の術を挙げる者がおり、Armadel の名を冠する魔術書はいくつか存在する。その一つは大英図書館所蔵の『アルマデルによる真のソロモンの鍵』 で、フランス語版の『ソロモンの鍵』の一種である。なお、『レメゲトン』の第四部「ソロモンのアルマデル」の Almadel は上述の Almandel の異形であるが、Armadel の一字違いであり、日本語においては Armadel と混同されやすい。
画像:Honorius.jpg
『教皇ホノリウスの奥義書』 1760
  • アブラメリンの書』(The Book of Abramelin
  • 大奥義書』(Le Grand Grimoire
  • 真正奥義書』(Grimorium Verum
  • 『教皇ホノリウスの奥義書』(Le Grimoire du Pape Honorius
  • 『黒い雌鶏』(The Black Pullet
  • 『ピラミッドの哲人』(The Sage of the Pyramids
  • 『モーセ第六・第七の書』(Sixth and Seventh Books of Moses
  • ガルドラボーク』(Galdrabok):近世アイスランドの魔術書

アラビア伝来のもの

ユダヤ起源のグリモワール

旧約偽典と古代のグリモワール

グリモワールという言葉が生まれるずっと前のものであるが、古代後期のヘレニズム文化に属するエジプトの魔術パピルス文書が多数見つかっており、それらはカール・プライゼンダンツによって「ギリシア魔術パピルス」(Papyri Graecae Magicae、略称PGM)として集成された。

  • 『ソロモンの遺訓』(Testament of Solomon):旧約偽典のひとつで、ソロモンの指輪が登場する最古の文献。
  • 『モーセ第八の書』(The Eighth Book of Moses):PGMのひとつ。

架空または未確認のグリモワール

現代のグリモワール

  • 『影の書』(The Book of Shadows):ウイッカの秘伝書
  • フランツ・バルドンの『喚起魔術の実践』(The Practice of Magical Evocation)
  • レイ・シャーウィン『結果の書』(The Book of Results
  • アントン・ラヴェイの『サタニック儀式』(The Satanic Rituals
  • ロバート・ターナーによる「ネクロノミコン断章」(ジョージ・ヘイ編『魔道書ネクロノミコン』<ref>ジョージ・ヘイ 『魔道書ネクロノミコン』 大瀧啓裕訳、学習研究社</ref>所収)
  • サイモンによる『ネクロノミコン』(The Necronomicon

脚注

<references />

参考文献

日本語で紹介されたグリモワール文献

  • K・フォン・プフェッテンバッハ 『封印された〈モーゼ書〉の秘密』 ロングセラーズ ISBN 4845405873
    • (『モーゼの第六の書』、『同第七の書』 の日本語訳を収録)
  • 『(偽)ジョン・ディーの「金星の小冊子」―テクストの校訂と翻訳』
     副題 「そしてこのテクストの注釈のために必要なキリスト教カバラおよび後期アテナイ学派の新プラトン主義の研究」
森正樹、リーベル出版
  • 『大アルベルトゥスの秘法―中世ヨーロッパの大魔術書』
アルベルトゥス・マグヌス、立木鷹志訳、河出書房新社

関連項目

外部リンク

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