雁屋哲

出典: Wikipedio


Template:独自研究 Template:Infobox 漫画家 Template:漫画 雁屋 哲(かりや てつ、1941年10月6日 - )は、日本漫画原作者エッセイスト。本名、戸塚 哲也(とつか てつや)。別名に瀬叩 龍(せたたき りゅう)がある。

目次

人物・略歴

中国北京市に生まれる。終戦後に引き揚げ、東京で育つ。結核性の感染症に冒されて小中学生時代は入退院を繰り返した。東京都立小山台高等学校を経て、東京大学に入学。教養学部基礎科学科で量子力学を専攻する。卒業後、電通に入社。電通在籍中に漫画原作者としての活動を始め、1974年の退社後、フリーとなって本格的に活動を開始した。初期は男性向け雑誌、少年誌などで劇画をメインに原作を手掛け、映画化された作品もある。

1983年にグルメ漫画『美味しんぼ』(作画花咲アキラ)の連載を開始した。1988年オーストラリアシドニーに移住。日本の「食」についてのエッセイを発表している。

作風

デビュー~劇画作品

デビュー作は1972年、池上遼一とともに講談社週刊少年マガジン』上で連載開始した『ひとりぼっちのリン』である(阿月田伸也名義)。競輪をテーマとしたスポ根ものであり、孤児である主人公の活躍を描いた。

それ以後、男性的で反権力的な劇画作品を多く手がけるようになる。その多くは屈強な肉体と精神を持つ若者<ref>拳法などの武術を身につけていることが多い(一例として流全次郎の陳家太極拳)。ただし、『男組』以後の作品では実在する武術を劇画に登場させることは避けている(「神骨拳法」「暗黒拳法」などの架空の武術を創作している)。</ref>が、人間を蹂躙する腐敗した権力と対決するという内容である。少年誌連載作品では『男組』『男大空』などがある。

この時期の青年誌連載作品の代表作である『野望の王国』は現在でもカルト的な人気を得ている。本作は2002年に日本文芸社より「完全版」が出版された。雁屋は「完全版」の後書きにて「『野望の王国』は、人間社会を動かしているものの根本は暴力であることを、きれいごとなしに描いたつもりである。」と述べている。

転換点

雁屋にとって転換点となったのは、風の戦士ダンである。従来、漫画家が原作に無い要素を入れる事を好まない雁屋であるが、作画の島本和彦は本作品において原作に無いギャグを入れたのである。だが雁屋はそれを面白いとして承諾し、さらには原作執筆時にもギャグを入れるようになった。これが暴力漫画一辺倒であった雁屋にとっての転換点となり、美味しんぼのヒットの伏線となる<ref>ただし雁屋が島本のギャグを受け入れた事は、当の島本も含めて知られず、長年にわたって誤解されてきた。事実が判明したのは2009年3月19日の雁屋のブログにおいてである。</ref>。

美味しんぼ

1983年、『美味しんぼ』を若手漫画家の花咲アキラとのタッグで小学館ビッグコミックスピリッツ』誌上にて連載開始。以後現在に至るまで連載が継続し、単行本の売上は累計1億冊を突破している。1987年、第32回小学館漫画賞青年一般部門受賞。アニメ、ゲーム、テレビドラマ、映画化もされている。

『美味しんぼ』は、雁屋作品では最長の連載期間・最高の単行本売り上げ部数となり、商業的に成功した漫画である。一方で1980年代後半からは少年誌・青年誌向けの新たな作品を発表していないため、従来のようなバイオレンス漫画の原作者としての活動はほとんど行っていない。そのため『美味しんぼ』の連載以降については、むしろ本作品が雁屋の代表作とされる。後に雁屋がブログを開設する際も、タイトルを「美味しんぼ日記」とし、自らもそれを認めている。ただし、グルメ作家、食通扱いされる事に対しては嫌悪感を示し、作中でも「食通」や「グルメブーム」の虚飾と俗物振りを度々批判している。

『美味しんぼ』はグルメ以外にも食の安全や倫理に関する話題を多く取り上げており<ref>有機農法の盲点を指摘した『美味しんぼ』第12巻「玄米vs白米」など。但し、『美味しんぼ』第11巻「魚の醍醐味(後)」における「脳みそ」のように現在の知見に照らして避けるべきものが登場することもある。</ref>、そのため戦後の食文化に一石を投じたとして評価されることがある。しかし、作中で実在のメーカーや特定の商品を取り上げて批判することもあり(味の素アサヒビールなど)、この手法には反感を持つ人もいる。食文化や、食に絡んだ政治的なテーマを扱うことも多く、『激闘鯨合戦』(13巻収録)では、捕鯨とそれに絡む日本文化を紹介しながら「捕鯨は文化である」と訴えた。そして2009年には非営利組織エコテロリストシー・シェパードの捕鯨妨害について、自身のブログである「美味しんぼ日記」において、シー・シェパードを海賊を通り越して「テロリスト」であると批判しており、自衛隊艦船を送り込むのは当然であるとした上で、シー・シェパードの拿捕と乗組員の逮捕拘引を主張した<ref>Template:Cite web</ref>。同時に活動を黙認しているオーストラリア政府に対する責任問題に関する批判も行っている(因みに雁屋当人は以前オーストラリアに在住していた)。

連載中期からは、主に日本の戦後補償や対アジア政策、個人的な政治思想の視点から提示することも多く、これに関しては中韓左派的な見地から描かれているとして、特に右派からの批判を受けることがある<ref>『反日マンガの世界』(晋遊舎ムック、晋遊舎ブラック新書)など。</ref>。また、一部に異説が存在する記述もある<ref>一例として、作中55巻「韓国と日本」にて乙未事変における閔妃暗殺に関して領事(三浦梧楼)が暗殺を計画、指導したとする記述がある。閔妃暗殺については、閔妃に不満を持つ大院君や開化派勢力の関与を説く説もあり、大院君を日本の傀儡と見る説もある。なお、三浦はこの事件で投獄されたが、(作中の記述どおり)翌年証拠不十分により免訴となり釈放されている。また、作中に登場する角田房子『閔妃暗殺』の記述には異説もあり(野平俊水『韓国人の日本偽史』(小学館、2002年))、福沢諭吉の論とされる脱亜論(時事新報に掲載された無署名論説)は、筆者及び内容について議論がある(脱亜論の項参照)。</ref>。

『ビッグコミックスピリッツ』(2010年新年1号)に掲載された「美味しんぼ」(第591話/食と環境問題)の中で六ヶ所再処理工場に関する内容を取り上げた。日本原燃はこの内容に関して、「一般読者の方々が施設の安全性などについて、誤解をされたり不安を抱かれたりする懸念があります」としてサイトに注意文を掲載した<ref>「美味しんぼ」内容で原燃がHPで「補足」の見解(2009年12月23日閲覧)</ref><ref>小学館発行誌ビッグコミックスピリッツに掲載された「美味しんぼ」における六ヶ所再処理工場に関する記載への当社見解について(2009年12月23日閲覧)</ref>。

論壇誌での活動

1990年代後半からは論壇誌『週刊金曜日』上で漫画『蝙蝠を撃て!』『マンガ・日本人と天皇』を石ノ森章太郎に師事した漫画家・シュガー佐藤とともに執筆し、発表している。画風とストーリーは教育漫画調だが、両作品とも左翼的・反権力的な思想がストレートに表現されており、多くのバイオレンス漫画を生み出してきた雁屋の思想的背景が垣間見られる内容になっている。

『蝙蝠を撃て!』は「左版ゴーマニズム宣言」といわれ、喫茶店のマスターとその常連客が「日本を悪くしている」保守論客などを取り上げて批判する内容の漫画である。また『マンガ・日本人と天皇』は大学サッカー部の主将を主人公として「近代天皇制の毒」を暴く内容の漫画だが、その批判対象は天皇制にとどまらず、日本社会全体にまで及んでいる<ref>文藝春秋が発行するオピニオン誌『諸君!』に次の小論が掲載された。高澤秀次「雁屋哲『江藤淳批判』漫画の薄っぺら」『諸君!』 1997年6月、高澤秀次「『マンガ日本人と天皇』ナルホドこりゃ漫画だ!」『諸君!』 2001年3月</ref>。そのため、自分の意見に反対や異なっているのは全て悪と断言する論調になっている。

『マンガ・日本人と天皇』は単行本化され、2003年には講談社より文庫版が発売された。しかし『蝙蝠を撃て!』はいまだ単行本化されておらず、『週刊金曜日』のバックナンバーでのみ閲覧可能な状態である。

その他

MASTERキートン』が絶版状態なのは、雁屋が小学館に抗議しているためとする論がある<ref>「超人気マンガ「マスターキートン」突如消えた不可解な理由」『週刊文春』 2005年5月26日</ref>(詳細はMASTERキートン「絶版問題」の項目を参照)。浦沢直樹勝鹿北星、編集者の間の問題に、勝鹿の友人である雁屋が口出しして問題がこじれたともいわれる。根拠は「匿名の関係者証言」とされる。

自身のサイトの日記中に黒髪を茶髪・金髪に染める行為に苦言を呈する内容の日記を掲載し、これに対するコメントへの返信に2日分の日記をあてる<ref>雁屋哲の美味しんぼ日記 - 茶髪・金髪は何とかなりませんか。</ref>。

ウィキペディアの本項目に虚偽の記述を発見して以来、ウィキペディアを含め匿名で書かれたものは無価値と判断している。ただし中国やロシアのような「独裁国家」ならば匿名は許されるとも発言している(「美味しんぼ塾」第百五講)。自身のサイトへのコメントも、メールアドレスの入力が必要である。

雁屋のブログ「雁屋哲の美味しんぼ日記」<ref>「私は、金正日のしていることは許せないと言う思いを禁じ得ませんが、金正日による拉致問題を非難するのと、共和国の人間に厳しく当たるのとは話が違うと思います。」「日本と、朝鮮半島の歴史は、そもそも、大和朝廷・天皇一族が朝鮮から来たところから始まって、二千年以上続いている。」「その途中、秀吉のような誇大妄想狂が朝鮮に攻め入ったり、明治維新以後西欧化以外に自分たちの生きる道を見いだせなかった日本の指導者たちによる朝鮮の植民地化などが現在のKoreansの日本に対する反感・嫌悪を作りだした物だが、実は日本人は、朝鮮・韓国人が好きなのである。」などの記述がある。雁屋哲の美味しんぼ日記 2009年11月16日(月)</ref><ref>弥生人は、渡来系の人々とその子孫、渡来系と縄文人が混血した人々とその子孫などの弥生人(渡来系)と、縄文人が弥生文化を受け入れて変化した弥生人(縄文系)に区別できる(『日本大百科全書』(小学館)「弥生文化」の項、佐原真の解説参照)。弥生人、弥生文化が大陸(揚子江流域、朝鮮半島など)との交流により発生したことは確実だが、大和朝廷と朝鮮半島との関係を紀元前に遡って検証することは困難である。</ref><ref>現在では大和朝廷のルーツを朝鮮半島とする仮説(4世紀後半に扶余系の騎馬民族が日本列島に入り、征服王朝を立てたとする説→騎馬民族征服王朝説)を支持する日本史、考古学の研究者は殆ど存在しない。<参考 佐原真は次のように述べている。「騎馬民族説は、江上さんがつくり出した昭和の伝説」「戦時中には、日本神話が史実として扱われ、神武以来の万世一系の歴史が徹底的に教え込まれました。江上説にはそれをうちこわす痛快さ、斬新さがあり、解放感をまねく力がありました。また、人びとの心の奥底では、日本が朝鮮半島や中国などに対して近い過去に行ってきたことの償いの役割を、あるいは果たしたのかもしれません」(『騎馬民族は来なかった』日本放送出版協会、1993年)田辺昭三は次のように述べている。「この説はこれが提唱された時代の要請の中で生まれた産物であり、いくら装いを改めても、もはや現役の学説として正面から取り上げる段階ではない」(『卑弥呼以後―甦る空白の世界』徳間書店、1982年)></ref>などについて、『週刊新潮』(2009年12月3日号)は記事を掲載した<ref>「美味しんぼ」雁屋哲の「北朝鮮」への異常な愛」(『週刊新潮』(2009年12月3日号))週刊新潮バックナンバー2009年12月3日号</ref>。雁屋はブログに「週刊新潮の思い出」を執筆した<ref>雁屋哲の美味しんぼ日記 2009年11月29日(日)</ref>。

作品

漫画

阿月田伸也名義
  • ひとりぼっちのリン(作画:池上遼一、1972年、週刊少年マガジン):デビュー作。共同原作。孤児となった主人公が血のにじむような努力の末、競輪選手となっていく過程を描いた熱血スポーツ漫画。
瀬叩龍名義

アニメ・特撮

エッセイ他

  • 雁屋哲『美味しんぼ塾』(小学館、2001年)
  • 雁屋哲『美味しんぼ塾 2』(小学館、2006年)
  • 雁屋哲、岸朝子『美味しんぼ食談』(遊幻舎、2006年)
  • 雁屋哲『シドニー子育て記 シュタイナー教育との出会い』(遊幻舎、2008年) (単行本)

脚注

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外部リンク

Template:美味しんぼ Template:歴代の新語・流行語大賞の受賞者 (年間大賞選定以前)it:Tetsu Kariya ko:가리야 데쓰

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