近藤効果
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近藤効果(こんどうこうか、Kondo effect)とは、磁性を持った極微量な不純物(普通磁性のある鉄原子など)がある金属では、温度を下げていくとある温度以下で電気抵抗が上昇に転じる現象である。これは通常の金属の、温度を下げていくとその電気抵抗も減少していくという一般的な性質とは異なっている。現象そのものは電気抵抗極小現象とよばれ、1930年頃から知られていたが、その物理的機構は1964年に日本の近藤淳が初めて理論的に解明した<ref>Template:Cite journal</ref>。近藤はこの仕事により1973年に日本学士院恩賜賞を受章した。
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現象
金属は電圧を加えると、金属内の伝導電子が加速され電流が流れる。これを電気伝導という。
一方で、この伝導電子には電気抵抗がはたらく。金属の電気抵抗の主な要因は、金属内に含まれる不純物などによる格子欠陥と、原子の熱振動の2つである。不純物による抵抗は温度に依存せず一定である。熱振動による抵抗は、温度を下げると小さくなり、低温では抵抗は温度Tの5乗に比例する。そのため、金属の電気抵抗は通常、温度を下げると減少し、絶対零度で、一定値(=不純物による抵抗値)に落ち着く。
しかし、金属によっては、ある温度までは温度が下がると電気抵抗も減少するが、さらに温度を下げると電気抵抗は逆に増大するという、通常では起こりえないふるまいを見せる。この現象は、1933年、ド・ハース、ド・ブール、ファン・デン・バーグが、金の電気抵抗を測定したときに初めて観測された<ref>W. J. de Haas, J. de Boer and G. J. van den Berg, Physica,1 (1933/34) 1115</ref>。
その後の研究により、この現象は金(Au)、銀(Ag)、銅(Cu)などに鉄(Fe)、マンガン(Mn)、クロム(Cr)などの磁性不純物を微量に加えた金属で起こることが明らかになった。
理論
近藤効果の原因については長年未解決であったが、後に、磁性不純物の磁気モーメントと伝導電子の磁気モーメントの交換相互作用(s-d交換相互作用)によるものであることが明らかになった。
磁性不純物の一番外側の電子殻である3d電子殻は、スピン角運動量を持っている。このスピンと、伝導電子(s)が相互作用するのがs-d交換相互作用である。近藤は、アンダーソン模型とボルン=オッペンハイマー近似を用いて摂動の2次の効果まで考慮し、この作用が温度Tの対数(lnT)に比例することを導いた。交換相互作用の係数が負のとき、この値は温度が減少するにつれて増大することになる。この項と、熱振動の項を合わせることで、電気抵抗が極小になることが説明できたのである。
近藤の理論では電気抵抗は絶対零度で無限大に発散する。しかし実際には、電気抵抗は絶対零度に近づくにつれ正常な振る舞いとなり、有限値へと収束する。これは低温においては、磁性不純物の磁気モーメントと伝導電子の磁気モーメントが反強磁性的に結合した一重項基底状態 (Kondo singlet) として磁性不純物の磁気モーメントが見かけ上消滅するためであり、このことは芳田奎によって示された。
この近藤による磁気モーメントの交換相互作用による異常な振る舞いから、磁性不純物の磁気モーメントが基底状態となった正常な振る舞いへと移り変わる温度を近藤温度<math>T_\mathrm{K}</math>とよぶ。よって<math>k_\mathrm{B}T_\mathrm{K}</math>はほぼ磁性不純物の磁気モーメントと自由電子の磁気モーメントの結合エネルギーに相当する(<math>k_\mathrm{B}</math>はボルツマン定数)。ウィルソンの理論によれば、近藤温度は比熱が極大となるときの温度の3倍となる。また、近藤温度を基準とした<math>T/T_\mathrm{K}</math>を考えると、様々な物質で電気抵抗率、磁化率、比熱が同じ温度依存性を示す(スケーリング則)。近藤温度は数 mK 程度のものもある一方、中には1000 K程度のものもあるなど、それぞれの合金によって大きく異なる。
以上のことを数式を用いて述べると以下のようになる。
まず、近藤の論文によれば、近藤効果を含めた電気抵抗の温度依存性は Template:Indent とかける。ここで<math>c</math>は不純物濃度であり、<math>c\rho_0</math>は残留抵抗、<math>aT^5</math>は格子振動の寄与を表す。近藤は右辺第三番目の対数依存の項を導いた。伝導電子の磁気モーメントと不純物の磁気モーメントの交換相互作用が強磁性的である場合、近藤の項の符号は正となり、近藤効果は発生しない。フェルミ液体ではフェルミ液体の性質による抵抗への寄与<math>bT^2</math>が加わる。
抵抗が最小となる温度は Template:Indent により求めることができ、 Template:Indent が電気抵抗極小の温度である。この温度は不純物濃度<math>c</math>の<math>1/5</math>乗に比例している。
アブリコソフは1965年に摂動による高次の寄与も考慮に入れ、近藤効果による抵抗Rを Template:Indent と計算した(Jは交換相互作用の強さを表す定数、Dは伝導電子のバンド幅の半分、<math>\rho</math>はフェルミエネルギーの状態密度)。この式によれば、電気抵抗は近藤温度<math>T_\mathrm{K}</math>で発散することとなる<ref>芳田(1990)p34</ref>。
また磁化率は Template:Indent と書け、電気抵抗と同じく<math>T_\mathrm{K}</math>で発散する(Cはキュリー定数)。これは芳田・興地によって示された<ref>K.Yoshida and A.Okiji, Prog. Theor. Phys., 34 (1965) 505</ref><ref>山田耕作「金属中の磁気モーメント」 『日本物理学会誌』、vol.60(2)、2005年</ref>。また、比熱にも同様の異常があらわれる。
近藤効果が起きるためには、金属中の磁性原子は相互作用を起こさない程度に希薄でなければならない。このような合金を希薄磁性合金、または近藤合金とよぶ。
理論の拡張と応用
近藤の理論は絶対零度では物理量にlog発散をともなう。また近藤は摂動の2次の効果を計算し、<math>\log T</math>の項を導いたが、さらに高次の摂動計算を行うと<math>(\log T)^2</math>、<math>(\log T)^3</math>を含む項があらわれ、低温ではこれらの項も無視できない。これはある温度以下では摂動論が破綻するということを意味している。この困難は後にフィリップ・アンダーソンのpoor man's scaling (1970年)<ref>P. W. Anderson and G. Yuval, "Exact Results in the Kondo Problem. II. Scaling Theory, Qualitatively Correct Solution, and Some New Results on One-Dimensional Classical Statistical Models", Phys. Rev. B 1:4464-4473 (1970)</ref> や、ケネス・ウィルソンの繰り込み群 (1975年)<ref>K.G. Wilson, "The renormalization group: critical phenomena and the Kondo problem", Rev. Mod. Phys. 47, 4, 773.</ref>によって解決され、局在スピンの状態からパウリ常磁性の状態に連続的に移り変わることが示された。ウィルソンはこの業績により1982年にノーベル物理学賞を受賞した。特に簡単な場合には、ウィルソンによって厳密解が求められている。とりわけ低温度に近づくにつれ、エネルギーギャップが生じ、フェルミ面がギャップ中に埋もれてしまうことに起因し電気的特性の温度依存性が半導体(あるいは絶縁体)的に振舞う相領域におけるものを近藤絶縁体という。
近藤効果は物理学において漸近的自由性の最初に知られた例である。近藤効果では、漸近的自由性は磁気不純物の局在モーメントと伝導電子間の相互作用が低温/低エネルギーで摂動では取り扱えないほど強くなることにあたる。漸近的自由性のより複雑な形式としては量子色力学の理論での漸近的自由性があり、クォークにおける強い相互作用が高エネルギーでは弱く、低エネルギーでは強く働くことに相当する。これにより、クォークの閉じ込めがおきているが、近藤効果もこれに類似した現象であるといえる。のなお、フランク・ウィルチェック、デイビッド・グロス、H. デビッド・ポリツァーの3人は強い相互作用の理論における漸近的自由性の発見で2004年にノーベル物理学賞を受賞している。
主に「磁性不純物」によって構成されている合金についても理論を拡張し、それらの合金でみられる重いフェルミ粒子は近藤効果が元となって生じていると考えられている。これは特にセリウム、プラセオジム、イッテルビウムのような希土類元素や、ウランのようなアクチノイドを基本とした金属間化合物で起きる。これらの物質では、非摂動的な相互作用が強いため、自由電子の有効質量が1000倍にも増加したようにみえる。言い換えると、自由電子は相互作用により劇的に運動速度が遅くなっている。その結果として、これらの物質の中には超伝導を起こすものがある。
更に最近では、プルトニウムの普通でない金属δ相(面心立方格子構造)を理解するためには、近藤効果の現れが必要であると考えられている。また、量子ドットにおける近藤効果も報告されている。
関連項目
脚注
<references />
参考文献
- The Kondo Problem to Heavy Fermions - Monograph on the Kondo effect by A.C. Hewson (ISBN 0-521-59947-4)
- Exotic Kondo Effects in Metals - Monograph on newer versions of the Kondo effect in non-magnetic contexts especially (ISBN 0-7484-0889-4) - 多チャンネル近藤効果等
- 芳田奎『近藤効果とは何か』 丸善、1990年、ISBN 978-4621034408
外部リンク
- JPSJ 近藤効果40周年記念論文集
- 産業技術総合研究所特別顧問
- Fermi面効果 - 近藤淳による近藤効果などの発展の振り返り
- 磁性研究50年のあゆみ
- Kondo effect on arxiv.org
- 近藤効果とその周辺の物理
- 近藤効果のまとめテキスト
- scholarpediaにおける近藤効果の解説 (A. C. Hewsonによる)de:Kondo-Effekt
en:Kondo effect es:Efecto Kondo fi:Kondo-ilmiö fr:Effet Kondo pl:Efekt Kondo uk:Ефект Кондо zh:近藤效应