日本百名山

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日本百名山』(にほんひゃくめいざん)は深田久弥随筆の書名である。1964年に刊行された。

本著は登山家であった文筆家深田が日本列島から自己が定めた基準で百座を選び、それらの山を主題とする百の随筆である。

登山記として見たときの『日本百名山』は、近代以降の日本の山の随筆ウォルター・ウェストンの『日本アルプスの登山と探検』や、小島烏水志賀重昂串田孫一冠松次郎などの随筆に比べると、一座あたりの文章量が少ない。また文章の多くは山の歴史や山名の由来などに割かれている。

目次

小史

深田は日本の多くの山を踏破した経験から、「品格・歴史・個性」を兼ね備え、かつ原則として標高1500m以上の山<ref>筑波山(877m)のような例外もある。</ref>という基準を設け、“日本百名山”を選定した。<ref>上記の基準に加えて深田は、観光的に開発されつくして「山霊のすみかがなくなっている」ような山は選ぶわけにはいかない、と述べ、また、自らの出身地である福井県の荒島岳に触れて、「各県から代表の山を選ぶ」というような考えももっていたとしているTemplate:要出典。なお、47すべての都道府県から選んだわけではなく、百名山の存在しない都道府県も、西日本を中心に16府県に及んでいる。</ref>

深田は、「自分の選定の試みは、旅行業界が観光振興のために選んだ「名勝百選」のようなものに比べれば正確だ」と自負する一方、自分の基準が唯一の妥当な選定基準ではないことも認めていた。新潮文庫版の「日本百名山」では、解説者の串田孫一が、「読者が自分で百名山を選定する際のたたき台として使えることもこの本の魅力」という意見を述べている。

この本が広く関心を集めるようになったのは、自身も山好きで日本山岳会にも属する徳仁親王が“日本百名山”の全峰踏破を夢見ていると、当時のマスコミによって伝えられたことがきっかけであったとされる。

その後、百名山を一つひとつ取り上げたドキュメンタリー番組『深田久弥の日本百名山』や、岩崎元郎みなみらんぼうらが百名山に挑戦する『中高年のための登山入門』(いずれもNHK衛星放送)も放映された。

2007年7月には島津康一郎が日本百名山を48日間で連続踏破し、平田和文が2002年に達成していた最短記録(66日間)を更新した。

紹介されている山岳

北海道 東北・上信越 関東 中部 西日本

他の“百名山”

昨今ではさまざまな“名山もの”が選定されたり、書籍なども作られるようになった。以下にその例を挙げる。

  • 日本三百名山 - 日本山岳会の『山日記』編集メンバーによって1978年に選定された。ここで選定されたのは200の山で、それに深田久弥の百名山を加えて300としている。
  • 日本二百名山 - 深田久弥のファン組織である「深田クラブ」によって、同クラブ創立10周年を記念して1984年に選定された。ほぼ全てが三百名山に入っているが、三百名山の奈良県山上ヶ岳を除いて、代わりに奥只見の荒沢岳が入っている。こちらも、深田久弥の百名山が全て入っている。
  • 花の百名山 - 作家・田中澄江の『花の百名山』に掲載された100の山。深田久弥の百名山と重複するのは39座のみである。その後、『新・花の百名山』も刊行されている。

 このほかに、山梨百名山など各地の百名山、岩崎元郎選の「新日本百名山」、小林泰彦選の「日本百低山」などもある。飛騨山岳会では創立100周年を記念して2008年9月、『飛騨百山』を出版した。

書誌

脚注

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関連項目

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外部リンク

画像

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