大宮アルディージャ

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大宮アルディージャ(おおみやアルディージャ、Omiya Ardija)は、日本埼玉県さいたま市にホームを置く、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)に加盟するプロサッカークラブである。

目次

概要

Template:基礎情報 会社 260px|thumb|練習場(NTT東日本総合グラウンド)</br>埼玉県志木市 1999年にJリーグ加盟。母体はNTT関東サッカー部。ホームタウン埼玉県さいたま市(さいたま市の合併前は大宮市)。ホームスタジアムはNACK5スタジアム大宮。チーム名の「アルディージャ(Ardija)」は、スペイン語の「リス (Ardilla)」を日本人が読みやすいように変更した造語(Ll参照)。リスは、旧大宮市が1990年の市制施行50周年記念のマスコットとして、市内在住の絵本作家あすかけんの代表作の主人公である「こりすのトトちゃん」を起用したのがきっかけであった(北区にある市民の森には「リスの家」というリス飼育園もある)。大宮駅東口には「こりすのトトちゃん」の銅像がある。

大宮のホームスタジアムは大宮公園サッカー場である(2007年5月14日、同スタジアムに地元・埼玉県の民放FM局NACK5が命名権を取得し、「ナックファイブスタジアム大宮」と変更になった)が、キャパシティの増強などJ1規格への改修工事を行っていたため2005年と2007年シーズンの一部、2006年シーズン中は埼玉スタジアム駒場スタジアム熊谷スポーツ文化公園陸上競技場でもホームゲームを開催していた。2005年のリーグ戦では大宮で5試合、埼玉で7試合(準本拠であるが、スタジアム別の試合数では大宮より埼スタが多かった)、駒場2試合、熊谷で3試合と分配されたが、2006年-2007年10月までは大宮公園サッカー場をクローズして改修工事を行うため、駒場をメインとして埼玉、熊谷でホームゲームを開催した(埼スタはさいたまダービーなど集客力が見込める試合に絞って開催)。2007年度の大宮(ナックファイブスタジアム)での試合は11月完成のため、2試合のみであった。2008年から大宮がメインスタジアムとして本格稼働し、駒場でのホームゲームはない。なお、2009年は埼玉スタジアムで3試合開催された。

チーム発足当初から埼玉県内を活動拠点としており、Jリーグ発足時に埼玉県に進出した浦和レッズよりも埼玉での活動の歴史は長い。現状ではJリーグトップクラスの成績・観客動員力を誇る浦和に知名度・観客動員力で及ばず、大宮主催の「さいたまダービー」でも浦和サポーターに観客席の大半を埋められてしまうが、チームの強化と共にさいたま市外の県内各地にもファンを増やすべく努力を続けている。

ホームゲームでのチームスポンサーの広告板は、2005年のJ1昇格にあわせて電動式回転板が採用されていたが、2008年から電光看板「オーロラリボン」に変更された。なお、J2在籍時の大宮サッカー場でのホームゲームでも、チームスポンサーの広告板はゴール裏しか設置しなかった。(バックスタンドには大会タイトルの看板、及びJリーグサプライヤー企業=朝日新聞などの広告数枚が設置されたのみだった)

練習場は主に志木市にあるNTT東日本総合グラウンドを使用するが、西区にある「秋葉の森総合公園サッカー場」も併用している。現在、クラブハウスを併設した新練習場の整備計画を進めている。

なお2007年9月30日より、JR大宮駅京浜東北線2番線の発車メロディーには、大宮アルディージャオフィシャルソングである、「Vamos Ardija」が使用されている。

歴史

Jリーグ以前

創部は1969年。 当初、旧浦和市を本拠地にNTT(電電公社)関東サッカー部としてJリーグの前身の日本サッカーリーグ時代から参加した。 リーグ制度の変化に伴い、1993年からジャパンフットボールリーグ(旧JFL)に参加。

岡本隆吾平本大介小阪昭典など関東大学サッカーリーグ出身の選手をアマチュア契約(NTTグループの社員)で獲得したが、公益企業のプロスポーツクラブ保有に対する抵抗感などからプロ化は遅れ、外国人選手もいないチームは準会員申請も行わなかったこともあり成績は低迷した。 なお、旧JFLの各チームでは多かった社員選手は、チームのJリーグ参加と共に引退・移籍、あるいはプロ契約への切り替えなどで減少し、2009年引退の斉藤雅人が大宮で最後の社員選手となった。

やがてJリーグが活況を呈し、地域貢献の一環としてのJリーグクラブ保有が社会に認知されるようになり、NTTも自チームのプロ化に踏み切った。 1998年にNTT関東サッカー部は誘致に熱心であった旧大宮市を本拠地とし、チーム名を「大宮アルディージャ」に改称。 1999年よりJ2に参加し、運営子会社として「NTTスポーツコミュニティー株式会社」が設立された。その年の7月にNTT本体が持株会社となり、現在はその持株会社傘下のNTT東日本が中心となって、NTTドコモNTTデータNTTファシリティーズNTTコムウェア日本コムシスなどのNTTグループ関連企業18社が出資し運営している。

J2時代

アマチュアからプロへの変化を導いたのは、旧JFL最終年の1998年途中から監督に就任したチーム史上初の外国人監督、オランダ人のピム・ファーベークだった。 オランダ流のトータルフットボールを唱えながら、堅い守備陣と強力な外国人FWで勝ち抜こうとするスタイルは他チームの脅威となり、成績は上昇した。 しかし、序盤好調で首位争いをしていた1999年、その牽引役だったFWヨルン・ブーレが深夜の飲食店で暴漢に襲われ左眼失明の重傷を負い、引退を余儀なくされるという問題が起き、チームの勢いは以後尻すぼみとなってしまった。

2000年にはコーチから昇格した三浦俊也監督が現在に至るまで大宮の特色となっている4-4-2のシステムを構築した。そして、この年にJ2に降格していた浦和レッズとの「埼玉ダービー」では1勝3敗として、対浦和戦の公式戦での初勝利を挙げた。

2001年には昇格請負人として加入したパナマ代表FWのホルヘ・ルイス・デリー・バルデスが大活躍し、前半戦を17勝3分2敗の首位で終えた。しかし、得点源であったFWジョルジーニョが大分戦でシーズンを棒に振るう重傷を負い、さらに追い打ちをかけるようにバルデスがパナマ代表の試合でこちらもシーズンを棒に振るう重傷を負った(登録抹消)。そのためエースFW二人を一度に失った後半戦は、緊急加入したバレーの活躍も及ばずに9勝3分10敗と負け越して最終順位は5位となり、確実視されていたJ1昇格を逃す結果となった。 この失速の責任を取って三浦監督は辞任した。

2004年、3シーズンぶりに大宮で指揮を執った三浦は自分が作ったシステムを再び徹底させ、守備を重視した手堅いサッカーを志向した。 夏場まではJ1昇格争いの一角に位置し、9月に川崎フロンターレの昇格決定を阻止してから勢いを付けた大宮は、バレーや森田浩史らの活躍で11連勝を飾り、昇格争いから抜け出した。 11月20日、地元・大宮サッカー場で開かれた水戸ホーリーホックとの対戦を3-1で制し、優勝した川崎に次ぐJ1自動昇格条件の2位を確定させた。 折りしもこの日は同じさいたま市を本拠とする浦和レッズの第2ステージ優勝が地元・駒場スタジアムで決定した日でもあり、埼玉サッカー界にとっては幸福な日となった。

J1昇格後

2005年

ブラジル代表FWクリスティアンや、地元大宮出身のFW桜井直人、元日本代表MF藤本主税などを補強し、前半戦は強豪とほぼ互角の試合を演じた。 さらにナビスコ杯ではJ1・1年目にしてベスト8に進出するなど、旋風を巻き起こした。 しかし、リーグ戦で15試合6得点を上げていたクリスティアンが突如ブラジルへと帰国し、サンパウロFCに移籍するという想定外の出来事が発生。 前線の核を欠いたチームは攻撃の形を失い、また桜井をはじめ故障者が続出するなどチームは悪循環に陥り、7連敗。 一時は16位まで順位を下げ、残留争いに巻き込まれた。 しかし残留争い真っ只中の第29節からは新戦力のレアンドロ若林学らの活躍もあり4連勝と持ち直し、第32節に15位以上が確定、J1残留を決めた。 残留争いに加わった一方で、このシーズンに優勝したガンバ大阪には2戦2勝だったほか、浦和レッズがホームの際のさいたまダービーに勝利するなど、上位に強い一面を見せた。 リーグの終盤戦での好調な勢いは天皇杯でも続き、同年のJ2優勝の京都パープルサンガや、リーグ戦では勝てなかった鹿島アントラーズと互角な戦いを演じ、ベスト4へ進出。翌年の躍進が期待された。

2006年

柏レイソルからDF土屋征夫波戸康広東京VからMF小林慶行小林大悟ヴィッセル神戸から佐伯直哉を獲得し、またFWには吉原宏太ガンバ大阪)、サウル・マルティネス(前・上海申花ホンジュラス代表)、GK江角浩司(前・大分トリニータ)など全ポジションに選手を補強し、チームの底上げを計った。 さらにシーズン途中には磐田・横浜FMで実績のあるFWロドリーゴ・グラウも獲得した。 しかし、マルティネスは不振のため4月末で解雇され、グラウはレンタル移籍であったが本人の希望により契約延長せず、わずか3ヶ月での退団となるなど外国籍選手獲得の難しさも経験することになった。 シーズン終盤にもブラジル人FWのアリソンを補強したが、チーム浮上のきっかけとはならず、12位でシーズンを終えた。 シーズン終了後、守備の要で大宮のJ1昇格・勝利に大きく貢献したトニーニョが退団し帰国。 また、同じくJ1昇格に大きく貢献した久永辰徳はレンタル終了に伴いアビスパ福岡へ復帰、新加入だった土屋は家庭の諸事情により、東京Vへ完全移籍した。 そして三浦監督は12月に退任。

2007年

ピム・ファーベーク元監督の弟であるロバート・ファーベークが監督に就任。しかしリーグ前半戦、3勝7分8敗の16位(入れ替え戦圏内)と低迷。 ロバート監督は解任され、佐久間悟強化育成部長が新監督に就任。 その後もチームの調子は急浮上と行かなかったものの、15位でJ1残留となった。

2008年

三浦元監督(第2期)退任時からオファーを出していた前・モンテディオ山形監督の樋口靖洋が監督に就任。 樋口監督は攻撃的なサッカーを志向し、シーズン前半はそれが功を奏したが、後半は無得点記録と6連敗を記録するなど息切れして12勝7分け15敗の12位に終わり、1年で退任となった。

2009年

新監督として過去にヴェルディ川崎(現・東京ヴェルディ)、コンサドーレ札幌で指揮を執ったことのある張外龍が就任。GK荒谷弘樹(札幌へ)、MF佐伯直哉ジェフユナイテッド千葉へ)、MF小林大悟ノルウェー1部リーグスタバエクIFへレンタル)、FW吉原宏太水戸ホーリーホックへ)が移籍した一方、札幌にレンタル移籍していたGK高木貴弘が復帰。湘南ベルマーレからFW石原直樹サガン鳥栖からFW藤田祥史Kリーグ水原三星ブルーウィングスからDFマト、同じくKリーグ・浦項スティーラースからMF朴原載が移籍。またレンタル移籍だったMF内田智也が完全移籍となった。本シーズンは開幕当初から主将のMF小林慶行などケガ人が続出したうえ、その小林慶が張監督の構想から外れて柏レイソルへレンタル移籍するなど苦戦が続き、またもやシーズン終盤で辛くもJ1残留を果たすに留まった。そんな中、“アルディージャの誓い”の中に目標として掲げていた「2009年までに年間観客動員300,000人!」をリーグ戦ホーム最終戦(J1残留を決めた柏戦)で達成するという明るい話題もあった。

2010年

張監督が続投。主力選手だったDF波戸康広横浜F・マリノスへ)、DF冨田大介ヴィッセル神戸へ)、MF片岡洋介京都サンガF.C.へ)は移籍したが、アルビレックス新潟の正GKだった北野貴之大分トリニータからDF深谷友基ヴァンフォーレ甲府からDF杉山新らを獲得した。また開幕直前にはDF塚本泰史が右大腿骨の骨肉腫を患っていたことが明らかになった。 3月7日セレッソ大阪戦に3-0で勝利し、第1節終了時ではあるが、チームとして初のJ1単独首位に立ったが、その後は故障者が続出し低迷。第8節終了時で1勝2分5敗となり、張監督が辞任。後任として鈴木淳が監督に就任した。

メイン本拠地の遍歴

<references />

戦績

年度所属順位勝点監督
1971年埼玉県1部4位7403小川永臣
1972年3位11632金岡正輝
1973年2位11803
1974年関東4位1514554
1975年8位914257暮石勝己
1976年埼玉県1部優勝111001斎藤昭
1977年優勝9711
1978年優勝9711
1979年2位181422
1980年関東6位1718738
1981年5位1818585京野正三郎
1982年2位24181044
1983年2位26181143
1984年3位22181026
1985年4位1918756
1986年2位28181161
1987年JSL2部・東-1714572
JSL2部・上位5位1414464
1988-89年JSL2部・東-1614644白土功
JSL2部・上位7位1214365
1989-90年JSL2部9位47301389
1990-91年6位513016311
1991-92年9位33309615
1992年旧JFL2部6位2218576清水隆
1993年7位-186-12
1994年旧JFL12位-3010-20
1995年14位31309-21
1996年13位23307-23
1997年9位393014-16佐々木則夫
1998年12位313011-19佐々木則夫/ピム
1999年J26位513618117ピム
2000年4位684023116三浦俊也
2001年5位784426612
2002年6位5944141713ヘンク
2003年6位614418719菅野将晃/清雲栄純
2004年2位87442699三浦俊也
2005年J113位413412517
2006年12位443413516
2007年15位353481115ロバート佐久間悟
2008年12位433412715樋口靖洋
2009年13位393491213張外龍
2010年34張外龍/鈴木淳
  • 1998~2003年 総監督:清雲栄純

獲得タイトル

  • 2007年12月までに獲得タイトルなし

公式戦対戦通算成績

通算対戦成績と得失点

2010年第7節終了時点

<tr align="center"> <th rowspan="2">対戦チーム
(対戦経験のある前身のチーム名) <th colspan="6">J1<th> <th colspan="6">J2<th> <th colspan="6">合計 </tr>
ベガルタ仙台 00113 9342616 9352719
モンテディオ山形 01103 13473522 13473525
鹿島アントラーズ 128618 ----- 128618
浦和レッドダイヤモンズ 334911 10318 4371019
FC東京 2181023 10315 31111128
川崎フロンターレ 3251421 82102023 114153444
横浜F・マリノス 541116 ----- 541116
湘南ベルマーレ(←ベルマーレ平塚) 00000 7852819 7852819
アルビレックス新潟 3351215 9382731 126133945
清水エスパルス 253910 ----- 253910
ジュビロ磐田 236816 ----- 236816
名古屋グランパス 226823 ----- 226823
京都サンガF.C.(←京都パープルサンガ) 32196 404109 7251915
ガンバ大阪 5061420 ----- 5061420
セレッソ大阪 40171 02226 42397
ヴィッセル神戸 23369 ----- 23369
サンフレッチェ広島 206610 11246 3181016
コンサドーレ札幌 10133 7271519 8281822
水戸ホーリーホック ----- 13343718 13343718
ザスパ草津 ----- ----- -----
栃木SC ----- ----- -----
ジェフユナイテッド千葉(←ジェフユナイテッド市原) 5141612 ----- 5141612
柏レイソル 242710 ----- 242710
東京ヴェルディ(←東京ヴェルディ1969←ヴェルディ川崎) 11255 ----- 11255
横浜FC 20020 1051258 1251278
ヴァンフォーレ甲府 11266 17253523 18374129
カターレ富山 ----- ----- -----
FC岐阜 ----- ----- -----
ファジアーノ岡山 ----- ----- -----
徳島ヴォルティス ----- ----- -----
愛媛FC ----- ----- -----
アビスパ福岡 02033 5251815 5452118
ギラヴァンツ北九州 ----- ----- -----
サガン鳥栖 ----- 14373724 14373724
ロアッソ熊本 ----- ----- -----
大分トリニータ 4241613 6192125 103133738
(Jリーグクラブ)計 55 42 80 188 247 125 41 86 342 277 180 83 166 530 524

「特徴」

ダービーマッチ

さいたまダービー

  • 浦和レッドダイヤモンズとの対戦は、サッカーの街さいたまを二分する熱いダービーである。さいたま市誕生後、2005年よりJ1にて行われている(2000年にもJ2でこのカードはあったがさいたま市誕生前であり、真の意味での「ダービーマッチ」ではなかった)。同一市内に2つのJチームという事よりも、さいたま市に合併する前の浦和市と大宮市と隣り合った両市の関係とプライド(浦和市は埼玉県庁、埼玉県警本部、さいたま市役所本庁舎、さいたま地方裁判所など埼玉県の行政所在地であり、文教都市でもある上、全国有数のサッカーの街でもある。対して大宮市は東北・上越新幹線が止まり、東北方面と上信越方面へ路線が分岐するなど数多くの路線が乗り入れる埼玉の交通の要所であり、デパートやブランドショップなどが多く存在する商業都市という面を持つ)が現在も引きずっている所があり、両チームのライバル心は強い。しかし現状は、サポーター数(観客動員数)、成績、知名度ともに浦和が大宮を圧倒している。ただ2005年、2007年、2009年とリーグ戦で大宮が浦和に勝利するなど(共に浦和のホームゲーム)、大宮は浦和にとって侮れない存在となってきている。
  • 同じ都市で本拠が異なるチームのダービーはさいたまと横浜ダービーだけであるが、2005-2007年のさいたまダービーは大宮主管分も埼玉スタジアムで行われていた。
  • 2008年は8年ぶり(前回2000年は大宮・浦和ともJ2だった)に大宮主催分がさいたま市大宮公園サッカー場=NACK5大宮でダービーが行われる(大宮はメインスタジアムであるNACK5スタジアム大宮の本格稼働により、2008シーズンは埼玉スタジアム2002でホームゲームを行う予定はない。浦和主催分は従前と同じく埼玉スタジアムを使用)。
  • 2009年は、大宮主催のダービーは埼玉スタジアムで行われた。

その他のダービー

野田戦ダービー
大宮アルディージャ vs 柏レイソル(2005年、2007年-2009年)
  • 両者のホームタウンである大宮を結ぶ東武野田線から。この試合の告知のため、東武線沿線で「野田戦ダービー」と称したポスターが掲出されたこともある。
  • 2009年11月28日の対戦(第33節…大宮ホーム)では、1-1の引き分けとなり大宮が柏にJ2降格の引導を渡す結果に。残留争いの直接対決だったこともあり、試合前日にチケットが完売する大一番だった。
上越新幹線ダービー
大宮アルディージャ vs アルビレックス新潟(2005年-現在)
  • 両者のホームタウンである大宮と新潟を結ぶ上越新幹線に因む。
  • チームカラーに因むオレンジダービー、チーム名に因むアルアルダービーの別名がある。
  • 世間の注目度は低いが、互いのライバル意識が強い。
    • J2時代より、資金力の差から新潟から大宮に移籍する選手が多かった。2010年にも北野貴之鈴木淳監督が新潟から大宮に移っている。
    • 直接対決では退場者が出ることが多い。
    • 新潟のサポーターが大宮のくせになまいきだぞというゲーフラを掲げたことがあった<ref>J'sサッカー2008年5月号より</ref>。
    • 新潟のライバルチームである甲府(川中島ダービー)、富山(北陸ダービー)がJ1に昇格しないため、大宮を仮想敵とした営業的な側面がある。
    • 大宮側でも観客を動員できるカードが浦和しかない事情がある。集客効果からか2009年の対戦ではさいたまスタジアムで行われた。

エピソード

  • 2008年7月27日に行われたJ1第19節、対清水エスパルス戦でTBSの番組「スーパーサッカー」サブMCの加藤未央がホームゲーム運営の手伝いをした。これは同番組の「ボレーの虎」コーナーの第1回目の対戦で、同番組キャスターの小倉隆史が大宮所属の吉原宏太、江角浩司と対戦し敗れたため、罰ゲームとして大宮アルディージャに1日レンタルするとなったため。
  • 現社長の渡邉誠吾が何らかの節目の試合で挨拶にたって挨拶したあとにサポーターのチャントを歌っている。これを行った試合は負けないという不敗神話が存在する。

ユニフォーム

Template:ユニフォームの色

チームカラー

  • チームカラーはオレンジ色、紺色

ユニフォームスポンサー

掲出箇所 スポンサー名 表記 掲出年 備考
NTTドコモNTT docomo2008年途中〜2007年はパンツ
背中NTT東日本FLET'S光2007年〜
富士薬品富士薬品2005年〜
パンツNTTぷららひかりTV2009年〜

ユニフォームサプライの遍歴

歴代ユニフォームスポンサー年表

年度 背中 パンツ サプライヤー
1998年NTT---Mizuno
1999年NTT---Mizuno
2000年NTT東日本Coca-ColaNTT DoCoMo-Mizuno
2001年NTT東日本Club ITNTT DoCoMo-Mizuno
2002年NTT東日本-NTT DoCoMoNTTオートリースMizuno
2003年NTT東日本-NTT DoCoMoNTTオートリースMizuno
2004年FLET'S-NTT DoCoMo-Mizuno
2005年FLET'S富士薬品FOMA NTT DoCoMoアイダ設計Mizuno
2006年FLET'S富士薬品FOMA NTT DoCoMo-Mizuno
2007年DCMX NTT DoCoMo富士薬品FLET'S 光NTT DoCoMolotto
2008年DCMXNTT docomo富士薬品FLET'S 光NTT Communicationslotto
2009年NTT docomo富士薬品FLET'S 光ひかりTVUnder Armour
2010年NTT docomo富士薬品FLET'S 光ひかりTVUnder Armour

協賛企業

ユニフォーム

サプライヤー

オフィシャル

他各社

マスコット

  • アルディ
  • ミーヤ

チーム名の通り、リスをモチーフにしている。(シマリス?)男の子のアルディが先に存在しており、女の子のミーヤはクラブ設立10周年記念として2008年に登場し、2009年に公式マスコットとして認定された。

アルディとミーヤは仲良しのカップルであり、公式プロフィールにもアルディの欄には「好きな女性のタイプ:ミーヤ」、ミーヤの欄には「将来の夢:アルディとNACK5スタジアム大宮で結婚式をあげること」と書かれている。[1]また、公式サイトの「アルディとミーヤの日記」では必ずパートナーを褒める「おのろけ」コメントが入っていたり、ホーム試合では2匹揃って登場し、手をつなぐ、抱擁するなど、夫婦や男女ペアのマスコットの多いJリーグマスコットの中でも際だったカップルぶりを披露している。

埼玉スタジアム2002でのホームゲームでの注意事項

通常、スタジアムのメインスタンドから見て左側がホームチーム、右側はアウェイチームと配置されるが、埼玉スタジアムで行われる大宮アルディージャのホームゲームではその逆で、左側がアウェーチーム、右側がホーム・大宮アルディージャ側となるので、チケット購入時には注意が必要である。大宮のホームゲーム開催時は、対戦相手によりアッパースタンドは使用されない場合もあるので、この点も留意する必要がある。

関連項目

アルディージャと同じく、NTTグループ内のサッカー部を前身とするクラブ
  • ロアッソ熊本(←ロッソ熊本←アルエット熊本←NTT西日本熊本FC←NTT熊本FC←NTT九州サッカー部←NTT熊本サッカー部←電電公社熊本サッカー部)
  • ベンターナAC(←NTT西日本四国サッカー部)
その他

脚注

<references />

外部リンク

大宮アルディージャ公式サイト

Template:大宮アルディージャのメンバー Template:日本プロサッカーリーグ Template:NTTar:أوميا أرديجا ca:Omiya Ardija de:Ōmiya Ardija en:Omiya Ardija es:Omiya Ardija fr:Omiya Ardija hr:Omiya Ardija it:Omiya Ardija ko:오미야 아르디자 nl:Omiya Ardija pl:Omiya Ardija pt:Omiya Ardija ru:Омия Ардиджа simple:Omiya Ardija sv:Omiya Ardija zh:大宮松鼠

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