メロトロン

出典: Wikipedio


right|thumb|250px|1999年発表のメロトロンMkVI メロトロン(Mellotron)は、1960年代に開発された、主にアナログ再生式(磁気テープを媒体とする)のサンプル音声再生楽器である。アメリカハリー・チェンバリンが作成したチェンバリン(Chamberlin)を元に、イギリスのレスリー・フランク・ノーマンのブラッドレィ3兄弟が、設計と作成を行った。

目次

概要

ハリー・チェンバリンが開発した"Chamberlin Rhythmate"という、テープ音源を用いたリズム/伴奏用のマシン(いわばホームオルガン用のカラオケマシン)が先祖である。彼自身がこれを応用したテープ音源のオルガンを製作したことからメロトロンの歴史は始まる。鍵盤に対応した音程でそれぞれ録音された、ある音声音色)を一式揃えておけば、音階を持った楽器として使用できる。これにより鍵盤楽器演奏者により、弦楽器管楽器などの音を奏でることを可能とした。また、一定の伴奏パターンや効果音が録音されたテープもあり、メロトロンの原案となったモデルでは(当然、そのコピーである初期のメロトロンでも)左手側の鍵盤に使用された。チェンバリンの会社ではこの楽器を大量生産するのは難しく、製造を依頼する目的でイギリスに持ち込まれ、目をつけたのが楽器用の再生ヘッドを発注されたブラッドレィ兄弟であった。

メロトロンは、1963年にブラッドレィ兄弟により設立された「ストリートリー・エレクトロニクス(Streetly Electronics)」社でチェンバリンの楽器を(無許可で)模倣・改良する形で製作され、「リビングルームに設置して一人または二人で気軽に演奏する、家庭用のオルガン」として販売された(販売はロンドンに本拠を置く「メロトロニクス(Mellotronics)」社)。ほどなく若干のマイナーチェンジを経て、ムーディー・ブルースビートルズキング・クリムゾンらが使用し、伝説を作った「MkII」となる。このモデルは1本のテープにつき3トラック×6ステーション(カセットテープの「頭出し」の要領で各ステーションに停止したテープは、そこから音色の再生を始める)の18音色を収録。左手および右手用として35鍵の鍵盤が2セット、並列に設けられたものである(左手用鍵盤には、前述の伴奏パターンを収録したテープがインストールされている)。一部アーティストによりステージでも使用されたものの、この楽器はあまりにも大きく繊細かつ高価であった。鍵盤を1セットにまとめた「M300」を経て、よりコンパクトなバリエーション「M400」が1970年に発表された。前述したステーション構造を廃し、鍵盤も1セットとした。選べる音色が18音色から3音色に減少したのを補うため、35本のテープを一度に交換できる「テープフレーム構造」を採用。MkIIと比べて軽量・コンパクトかつ耐久性のある(メカニズムの簡略化による)楽器となり、その白い外観も相まって認知度は一挙に高まる。ロックやジャズの領域拡大とともにメロトロンを録音やライブで使用するアーティストは増えていき、観客はステージで奇妙な音を出す白い楽器を頻繁に見かけるようになる。

イギリスのミュージシャン・ユニオンでは当初、これを使用する事でバイオリンなどの演奏者を必要としなくなり、仕事を奪うものであるという批判がされたが、その特徴的な音は生の管・弦楽器などを代替することはなく、早い内から実際の楽器音とは区別して使われるようになる。例えばレッド・ツェッペリンの「カシミール」などの曲では両者が併用され、それぞれの魅力が共存している。

原案者であるハリー・チェンバリンとブラッドレィ兄弟は特許および知的所有権で争っていたが、結果的に1966年、チェンバリンがブラッドレィ兄弟に権利を3万ドルで売り渡すこととなる。チェンバリンも1970年以降、自らの会社でテープ再生式の楽器を開発、販売した。もっとも普及した「M-1」はメロトロンよりコンパクトなボディと、よりハイファイなサウンドを持つ。マーヴィン・ゲイエルヴィス・コステロなど、こちらもメロトロンほどではないにせよ広く用いられた。

機構上の欠点として「モーターが非力なため、複数の鍵盤を同時に押さえると音程が下がる」「頻繁に再生・巻き戻しをさせられるテープが傷みやすい」「モーターの回転速度が電圧の影響を受けやすく、音程がフラつく」「複雑なメカニズムを内蔵しているため大きく重く、壊れやすい」「再生ヘッドの品質が悪く、出力された音は蓄音機のように劣化する」などが挙げられる(もっとも、現在ではこれらの特徴は殆どが「味」として再評価され、ノスタルジックかつサイケデリックな音色に魅せられる人はプレイヤー、リスナー問わず後を絶たない)。1970年代中盤にはポリフォニックシンセサイザーストリングアンサンブルが普及したため、問題を多く抱えるメロトロンのユーザーは次第に減少。経営が悪化したストリートリー・エレクトロニクス1977年、メロトロンの商標権をダラス・ミュージック・インダストリーへ売却する。その後、メロトロンの名称が使えなくなったストリートリー・エレクトロニクスは「ノヴァトロン(Novatron)」の名称で楽器の開発・販売を続けるが、1986年に倒産した。一方メロトロンの商標権はいくつかの業者の手をわたり、現在はメロトロン・アーカイブス(Mellotron Archives)社を設立したデヴィッド・キーンが保有している。

1970年代後半になって、RMIや360 systemsといったメーカーからデジタル技術で録音された楽器音を演奏する楽器が登場。PCM音源の発達に伴い、1980年代にはフェアライトCMIシンクラビアなどの楽器がサンプリング機能を有し、音楽制作の現場で人気を博す。いつしかこの類の楽器はサンプラー(サンプリング・シンセサイザー)と呼ばれるようになった。先祖であるメロトロンの音も初期からサンプリングの対象になったが、代替品として使えるレベルになるのは1993年イーミュー社からプリセットサンプラー・モジュール「Vintage Keys」が発売されるのを待つこととなる。折からのビンテージキーボード・ブームも手伝い、この楽器はメロトロンのサウンド目当てのユーザーから高く評価された。メロトロンのサウンドは常に一定のニーズがあるため、いくつかのメーカーは、よりリアルなサンプルを提供するよう努力している。

なお、現在でもメロトロンは販売されている。カナダでメロトロンの商標を持っているメロトロン・アーカイブス社は、モデル400シリーズの新型「MkVI」などを発売している。レスリー・ブラッドレィの息子らによって再建されたストリートリー・エレクトロニクスでもレストアされた旧型メロトロンを販売している。同社は2007年、M400と似た筐体の中にMkIIと同様のステーション構造をもつ新型メロトロン「M4000」を発表した。音源テープは、この2つの会社それぞれが新規で録音された物も含めて取り扱っている。

プログレッシブ・ロックファンからはハモンドモーグと並び3大キーボードと呼ばれることもある。

発音機構

thumb|200px|メロトロン発音機構の模式図音源となるテープ(右図赤線)は鍵盤(1)と再生ヘッド(6)の間にセットされている。鍵盤にはテープを再生ヘッドに押し付ける「プレッシャーパッド(2)」と、モーターで駆動されたキャプスタン(5)に押し付ける「ピンチローラー(3)」が取り付けられている。鍵盤を押し込むと、テープはキャプスタンとピンチローラーに挟まれて前進しつつ再生ヘッドに押し付けられて発音して、ケースに格納される(4)。鍵盤を離すとテープはキャプスタンの回転から開放され、一端に取り付けられたスプリング(7)によりおよそ0.5秒で巻き戻される。この機構により、以下に列挙する独特の反応がみられる。

a)演奏する際には鍵盤を押した指から力を抜くと音が掠れて止まってしまうことがある。
b)同音連打を行うと、テープが途中から再生されるため、独特なニュアンスとなる。
c)スタッカートでの演奏は、音がきちんと発音されないことが多い。
d)速く鍵盤を押し込むと、テープが再生ヘッドに叩き付けられて「プツッ」というノイズが出て、音の立ち上がりが強調される。
e)遅く鍵盤を押し込むと、テープの走行がスタートした後にゆっくりと再生ヘッドに接触するため、立ち上がりの遅い音になる。
f)鍵盤を強く押さえつけると、テープが強く押し付けられて音量の増大・音程の低下がそれぞれ少しだけ起こる。
g)複数(多くは4つ以上)の鍵盤を同時に押すと、摩擦の増加により音程が下がりやすい。特に音の立ち上がりで顕著。

最初は戸惑う鍵盤タッチだが、使いこなすと鋭いアタックから逆回転風サウンドまで指のタッチでコントロールでき、初期の電子楽器としては表現力はなかなか高い(ただし、旧型のメロトロンの鍵盤は歪みを生じ易い上に、プレッシャーパッドやピンチローラーの調整具合によってはこのような変化を生じない。現行生産のものは歪みにくい木材を鍵盤に採用し、なおかつタッチによる表現を行い易く調整されている)。このような有限の長さのテープを用いた面倒な機構を採用したのは、ピアノなどの減衰音の再生を可能とするためである。楽器音で5.5~8秒と短い持続時間のため、演奏者は長い持続音や和音を演奏するために様々な工夫をした。

音色

  • 隣り合う2つの音色はM300以外の機種ではミックスして使うことも可能。MkI/ IIでは5ポジションの音色ボタン(A・A+B・B・B+C・Cの5つ。リズムトラック用の左手側鍵盤のボタンは3つで、ミックスポジション無し)があり、M400などでは音色切り替えレバーを中間位置で止めることで行う。なお、ミックスされた音色は音量が半分強程度となる。
  • 最も普及したM400に標準でセットされたテープはFlute/ 3 Violins/ 'Celloで、ロバート・フリップジョン・ポール・ジョーンズなどのようにこのセットのまま使用する奏者も多かったが、好みの3音色を並べたテープセットも受注していた。例えばトニー・バンクスはM400導入後、コンサートではBrass B/ 3Violins/ 8 Choirというセットを使用していた。
  • メロトロンの為に録音された音は、大きなノイズが含まれたり、過大入力により潰れたり、音程が正確でなかったりと劣悪なものが多かったが、その分大音量のロックバンドの中でも明確に個性を主張することになった。

他のアナログ式プレイバック楽器との比較

  • M-1以降のチェンバリン各機種はテープの巻き戻しにもモーターを使用しており、テープは常にリールに巻き取られている。そのため、筐体を小型化することが可能だったが、メカニズムは複雑化した。メロトロンはテープの巻き戻しはシンプルな機構で確実に行われ、M400の場合は不具合があってもテープフレームを交換すれば済む。しかし筐体はある程度大きくならざるを得なかった。なお、音質はメロトロンに比べて高品質と評価される。生産台数は、最も多く作られたM-1でさえ125台と少ない。
  • テープ以外のメディアを用いたサンプル・プレイバック・キーボードには、光学式ディスクを用いる「オプティガン(OPTIGAN)」という楽器が挙げられる。これはマテル社が児童向けに開発したものだが、プロ用に作られた「オーケストロン(Vako Orchestron)」という楽器に発展した。オーケストロンの場合、音色は光学式ディスク1枚につき1つずつ、トラックごとに各音程がループの形で記録されている。音色のループポイントやディスクの汚れ(音色を変えるごとに手で触れられるため)などに起因するノイズが問題視されたほか、オーケストロンに関して言えば高額であったため、メロトロンほどには人気を獲得出来なかった。
  • メロトロンの欠点であった「大きく重く、かさばる」「音色を3つしか選べない」「8秒以上音を伸ばせない」点を改良するために、リック・ウェイクマンはデヴィッド・バイロとともに8トラックテープを用いた「バイロトロン(Birotron)」を開発。37の鍵盤に対して19本の8トラックカセットをセット(カセット1本あたり鍵盤2つ分の音源を持つ)し、4つのループされた音色を選択可能。音の立ち上がりや減衰を調節できる。ウェイクマンはこの楽器をイエスのアルバム「トーマト」、ソロアルバム「罪なる舞踏」で使用した(17台ほど作られたが、市場には殆ど出回らなかった)。

メロトロン機種リスト

  • Mellotron MkI : Chamberlin 660 Musicmasterを元にして作られた。左右に35ずつの鍵盤を持つ。6ステーション×3トラック。50台ほど生産された。
  • Mellotron MkII : 1960年代に多くのミュージシャンに愛用された、Mk Iの改良版。外観では殆ど区別出来ないが、ステーション切り替え用チェーンが強化された。
  • Mellotron M300 : 52の鍵盤を持つ、最初のコンパクトモデル。左から17の鍵盤は伴奏および効果音用。6ステーション×2トラック。初期型は音程を調節できない。
  • Mellotron M400 : もっとも普及したモデル。ステーション構造を廃止し、更なる小型化を実現。35鍵、3トラック。EMI製のモデルもあり、外観が異なる。
  • Mellotron MkV : M400を左右に繋げたようなモデル。コントロールパネルは鍵盤前面に配置された。
  • Novatron T550 : M400の機構を小型化してフライトケースと一体化したモデル。見た目の印象と裏腹に、筐体自体はさほどコンパクトではない。
  • Mellotron 4Track : M400を4トラック仕様に改良したモデルで、Mellotron USAが生産。任意の複数トラックをイコライジング及びミックス可能。
  • Mellotron MkVI : M400の改良型で、真空管プリアンプとハーフスピードスイッチを追加。モーターの安定性も高くなった。Mellotron Archives製。
  • Mellotron MkVII : MkVIのデュアルバージョン。MkVの現代版といえる。コントロールパネルは左側の鍵盤奥に配置される。
  • Streetly M4000 : M400とよく似た筐体にステーション構造を内蔵。8ステーション×3トラック。新生Streetly Electronics製。

代表的なユーザー

メロトロンの代替機種

楽器としてのメロトロンは概要の通り取り扱いにくい面を持つ為、シンセサイザー・サンプラーなどで代用音源・音色などがシミュレートされてきた。しかし、メロトロンの「味」は楽器の機械的特性に因るところも大きく、完全なる再現には程遠いのが現実である。シンセサイザー内蔵音源ではメモリ節約および使い易さを狙ってループ処理されているものが多いが、不安定な音源をループ化するのは困難で、いずれも繋ぎ目がはっきりと聴き取れる(逆にスムーズにループ化すると、メロトロンと認識出来ないような音になる。初期のサンプラーはメモリの容量が小さかったので、当時の数少ないメロトロンのサンプルは0.5〜1秒程度でループされており、個性はほぼ消失していた)。

  • 代替機種として代表的なのは、前述したイーミュー社のプリセットサンプラー・モジュール「Vintage Keys」である。改良型として「Vintage Keys Plus」、廉価版「Classic Keys」、最終バージョン「Vintage Pro」が発売された。イーミュー社の個性か、コンプレッションの掛かったような太くまろやかな音色が特徴で、3 Violins、8 Choir、Brass、Fluteが用意されている。音色の編集も可能。イーミュー社はハードウェア製造からは撤退したため現在は全て生産中止だが、現在もスタジオ、ライブを問わず広く使われている。
  • 現在(2006年12月)、スタンドアローン、また各デジタルオーディオワークステーションプラグインとして動作するソフトウェアシンセサイザージーフォースエムトロン(GForce M-Tron)がエムオーディオ(M-Audio)より発売されている。メロトロン・チェンバリン等の、代表的な音色を録音し素材として利用している。スタジオでは普及してきたが、動作が重いため、ライブでの使用例はまだ少ない。
  • 2006年にはメロトロンM400の白いボディとよく似た外観をもつデジタル楽器「メモトロン(Memotron)」がドイツのManikin Electronicというメーカーから発売された。専用のCD-ROMもしくは上記M-Tron用のものからサンプルを読み込んで使用する。PCのオーディオインターフェースを用いるM-Tronと比べて音の太さ、生々しさで勝っている。ただし、メロトロンの機械的特性の再現には至っておらず、あくまでも「実物同様のコントロールが可能なプリセットサンプラー」に留まっている。
  • 2007年スウェーデンクラビア社の新製品「nord wave」にメロトロンのマスターテープからサンプリングした波形が搭載された。サンプルの提供はメロトロン・アーカイブス。波形は6秒程度のループとされ、3 Violins、Flute、8 Choir、’Cello、Boys Choir、Brass、Tenor Saxが用意されている。この波形をベースとしてアナログシンセサイザー同様の音作りが可能。クラビア社のサイトから、7秒のフルサンプリング波形もダウンロードが可能。
  • ローランドのシンセサイザーに音源波形、音色を追加する拡張ボードの一つ、"Ultimate Keys"というビンテージ鍵盤楽器のサンプル波形を収録したボードにメロトロンのループ波形が幾つか搭載されている。こちらは3秒程度のループで、全てのキーからはサンプルが採られていない。
  • メロトロン・アーカイブス社はMkVIを発表する前年の1998年に、マイク・ピンダー監修のサンプル・ライブラリーを発売。CD-ROMで提供され、AKAIフォーマットで使用できる。音色はリズム音源も含めて潤沢に用意されている。音色・音程は非常に安定している。なお、同社は2010年に「デジタル・メロトロン」を発表した。MkVIと同一の木製鍵盤(鍵盤数は低音側に2鍵増えた37鍵)、実機の上半分を切り取って若干上下幅を切り詰めたような大型の筐体を採用。鍵盤の押し込み具合で音の立ち上がりが変化したり、同音連打すると音色が途中から再生されるというような実機の特徴も再現している。チェンバリンやメロトロンの各機種から同時に2音色を選択し、単独またはミックスして使用できる仕様となっている。
  • その他様々なメーカーから、サンプラー用のライブラリーとしてメロトロンのサンプルが提供されているほか、フリーウェアとしてインターネット上にソフトウェアシンセサイザーが提供されている。これらは大抵3から4音色を装備している。
  • 2009年5月、「マネトロン」という名称のiPhone / iPod touch用のメロトロン・シミュレーションアプリが登場した。M400からサンプリングされたFlute、3 Violins、'Celloという基本的な3音色を選択、演奏することができる。モーターノイズやテープの巻き戻し音を同時に鳴らすことができるという点で画期的である。また、音程や音量の補正を行っていないため、携帯ガジェットアプリケーションとしてのレベルを遥かに凌駕する再現性を楽しむことが可能。

外部リンク

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