キプロス

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プライバシー・ポリシー Wikipedioについて 免責事項 Template:基礎情報 国 キプロス共和国(キプロスきょうわこく)、通称キプロスは、トルコの南の東地中海上に位置するキプロス島の大部分を占める共和制国家島国である。ヨーロッパ連合加盟国。首都はニコシア

キプロス島の一部は、イギリス海外領土アクロティリおよびデケリアであり、往来は容易であるものの共和国領ではない。さらに1974年以来、南北に分断されており、島の北部約37%を、国際的にはトルコ共和国のみが承認する「独立国家」であるトルコ系住民による北キプロス・トルコ共和国が占めている。

キプロスは元来はギリシャ系住民とトルコ系住民の混住する複合民族国家だったが、分断後は事実上、ギリシャ系によるほぼ単一民族国家となっている。

目次

国名

正式名称は、現代ギリシャ語で GiBupC <a href="http://gpsnqwvzbsbg.com/">gpsnqwvzbsbg</a>, [url=http://dbtauaohikgv.com/]dbtauaohikgv[/url], [link=http://fasownhcrtod.com/]fasownhcrtod[/link], http://npemhjdofvfv.com/ (ラテン文字転写: Kypriakí Demokratía; キプリアキ・ディモクラティア)、トルコ語で GiBupC <a href="http://gpsnqwvzbsbg.com/">gpsnqwvzbsbg</a>, [url=http://dbtauaohikgv.com/]dbtauaohikgv[/url], [link=http://fasownhcrtod.com/]fasownhcrtod[/link], http://npemhjdofvfv.com/ (クブルス・ジュムフリエティ)。通称は、現代ギリシャ語では GiBupC <a href="http://gpsnqwvzbsbg.com/">gpsnqwvzbsbg</a>, [url=http://dbtauaohikgv.com/]dbtauaohikgv[/url], [link=http://fasownhcrtod.com/]fasownhcrtod[/link], http://npemhjdofvfv.com/ (キプロス)、トルコ語では GiBupC <a href="http://gpsnqwvzbsbg.com/">gpsnqwvzbsbg</a>, [url=http://dbtauaohikgv.com/]dbtauaohikgv[/url], [link=http://fasownhcrtod.com/]fasownhcrtod[/link], http://npemhjdofvfv.com/ (クブルス)。なお、古典ギリシャ語では「キュプロス」と発音された。

公式の英語表記は、GiBupC <a href="http://gpsnqwvzbsbg.com/">gpsnqwvzbsbg</a>, [url=http://dbtauaohikgv.com/]dbtauaohikgv[/url], [link=http://fasownhcrtod.com/]fasownhcrtod[/link], http://npemhjdofvfv.com/(リパブリク・オヴ・サイプラス)。通称は、GiBupC <a href="http://gpsnqwvzbsbg.com/">gpsnqwvzbsbg</a>, [url=http://dbtauaohikgv.com/]dbtauaohikgv[/url], [link=http://fasownhcrtod.com/]fasownhcrtod[/link], http://npemhjdofvfv.com/。

日本語の表記は、キプロス共和国。通称は、キプロス。日本の外務省は、かつて英語読みに倣い「サイプラス」とする表記を取っていた。

キプロスの語源は、古代ギリシャ語のイトスギ(kyparissos)由来説と、同じく古代ギリシャ語の(Chalkos)由来説とがある。いずれもこの地に多かったもので、銅については、さらにこの地名(キプロス)が、ラテン語や英語で「銅」を意味する単語の語源となった。

1983年以来、北部のトルコ系住民支配地域は、「北キプロス・トルコ共和国」(GiBupC <a href="http://gpsnqwvzbsbg.com/">gpsnqwvzbsbg</a>, [url=http://dbtauaohikgv.com/]dbtauaohikgv[/url], [link=http://fasownhcrtod.com/]fasownhcrtod[/link], http://npemhjdofvfv.com/ クゼイ・クブルス・テュルク・ジュムフリエティ。より厳密に訳せば「北キプロス・トルコ系住民共和国」)として分離独立を宣言している。キプロス共和国はギリシャ系住民の支配地域のみを統治しており、キプロス共和国支配地域は北キプロスとの対比から、南キプロスとも呼ばれることもある。

なお、北キプロスおよびその後援国であるトルコ共和国は、ギリシャ系・トルコ系両住民の連合国家であるキプロス共和国は既に1974年の南北分裂時に解体したのであり、南部のギリシャ系住民のみが不法にキプロス共和国を名乗り続けていると見なす立場から、キプロス共和国を承認せず、キプロス共和国支配地域のことを「南キプロス・ギリシャ系住民管理地域」(GiBupC <a href="http://gpsnqwvzbsbg.com/">gpsnqwvzbsbg</a>, [url=http://dbtauaohikgv.com/]dbtauaohikgv[/url], [link=http://fasownhcrtod.com/]fasownhcrtod[/link], http://npemhjdofvfv.com/ ギュネイ・クブルス・ルム・ヨネティミ)と称する。

歴史

[[ファイル:Houses of Dionysos Mosaic, Paphos.jpg|200px|right|thumb|パフォスの壁画(世界遺産アフロディテの神話は、キプロスの地で生まれた)。]] right|thumb|250px|キプロス属州の位置。

オリエント諸国支配時代

キプロスは東地中海を往来する諸民族、諸文明の中継地となったため、その歴史は古い。有史から当初はヒッタイトアッシリアといったオリエント諸国の支配を受けた。

アッシリアの滅亡後暫くは独立状態にあったものの、エジプト第26王朝クネムイブラー・イアフメス2世によって征服され、エジプトがアケメネス朝(ペルシア)に併合されたのとほぼ同時期にキプロスもペルシアの支配下に入った。住民の多くがギリシア系であった為、再三に渡って反ペルシア暴動が生じたものの、ペルシアによって全て鎮圧された。

ローマ属州時代

アレクサンドロス大王によるペルシア滅亡と大王死後のディアドコイ戦争での結果、キプロスはプトレマイオス朝の保護下に置かれ、プトレマイオス朝から総督が派遣された。この時期のキプロスは当時の2大商業都市であったアテネアレキサンドリアの間の中間貿易港として発展した。

紀元前58年共和政ローマから派遣された小カトーによってキプロスはローマ属州(キプロス属州provincia Cyprus)となった。クレオパトラ7世マルクス・アントニウスと結んでキプロスの支配権を再び手に収めたが、アクティウムの海戦に敗北し、プトレマイオス朝の滅亡と共に再度ローマ属州へ復帰した。

紀元前22年以降は、元老院属州として位置づけられ、イタリア本国と東方属州を結ぶ交通の要衝として機能し、ハドリアヌスルキウス・ウェルス等のローマ皇帝もキプロスを訪れた。115年からのユダヤ人の一斉蜂起によりキプロスは損害を被った。4世紀以降にローマ帝国キリスト教化する中でキプロスもキリスト教が徐々に普及、ローマ帝国が分裂した後も東ローマ帝国の支配下に留まった。

その後、現代まで

キプロスは1191年十字軍の途上にこの島に立ち寄ったイングランドリチャード1世によって征服され、フランク人西ヨーロッパカトリック教徒)の支配するキプロス王国が建国される。キプロス王国は1470年に相続者を欠いたことから断絶し、ヴェネツィア共和国がキプロスを植民地として手に入れた。1571年にはオスマン帝国がヴェネツィアからキプロスを奪い、キプロス州を置いた。

エジプトの植民地化を進めていたイギリスはこの島の戦略的価値に目をつけ、1878年露土戦争後のベルリン会議でオスマン側に便宜を図った代償にキプロス島の統治権を獲得。さらに1914年、同年勃発した第一次世界大戦でオスマン帝国が敵対したのを理由に正式に併合した。

第二次世界大戦後、ギリシャ併合派、トルコ併合派による反イギリス運動が高まったため、1960年にイギリスから独立。しかし1974年にギリシャ併合強硬派によるクーデターをきっかけにトルコ軍が軍事介入して北キプロスを占領し、さらにトルコ占領地域にトルコ系住民の大半、非占領地域にギリシャ系住民の大半が流入して民族的にも南北に分断された。

南北キプロスの間では国際連合の仲介により和平交渉が何度も行われ再統合が模索されているが、解決を見ていない(詳しくは、キプロス問題を参照)。

2004年、EUに加盟。

政治

1960年の独立時に制定されたキプロス共和国の憲法は、ギリシャ系住民とトルコ系住民の人口バランスに配慮して、元首で行政府の長でもある大統領をギリシャ系とし、その行政権限を分掌し拒否権を持つ副大統領をトルコ系からそれぞれ選出し(任期5年)、国会議員、官吏、軍人などの人数も比率が7対3になるように定めている。代議院は任期5年の一院制議会であるが、その議員の選出にあたってはギリシャ系(56人)とトルコ系(24人)で別々に選挙を行うことになっている。

1974年に南北分断された後は、キプロス共和国は南部を占め、ギリシャ系住民のみの政府となっている(以下、キプロス島南部のギリシャ系キプロス共和国政府支配地域は「南キプロス」と略す)。南キプロスでは、政府における憲法上のトルコ系の定員は空席となり、副大統領は置かれず、議会の実質上の定数は56人となっている。

国防組織としては、南キプロスではキプロス国家守備隊 (Cypriot National Guard) が組織されている。これは陸海空軍の混成組織である。徴兵制であり、国民は18歳で徴兵され、約25か月の兵役に就く。また、南キプロスにはギリシャ軍が駐留している。

一方、分離独立を主張する北キプロスには公選の大統領がおり、一院制の議会(定員50人、任期5年)で選出される首相とともに行政を行う。1983年の独立後、1985年に北キプロスで最初の選挙が行われたが、この手続きを国際的に承認しているのはトルコのみである。

北キプロスにも国防組織が整備されているほか、トルコ軍が駐留している。

南北キプロスを隔てる境界線(グリーンライン)には国連キプロス平和維持軍 (UNFICYP) が駐留して監視している。

2008年2月24日に行われた南キプロス大統領選挙の決選投票が行われた。労働人民進歩党 (AKEL) 書記長のディミトリス・フリストフィアスが 53.36% で当選し、欧州連合加盟国で異例の共産系大統領が誕生した。再統合推進派のフリストフィアスの当選で、再統合交渉が推進されると期待されている。

地域区分

Template:Main

キプロスの地区(GiBupC <a href="http://gpsnqwvzbsbg.com/">gpsnqwvzbsbg</a>, [url=http://dbtauaohikgv.com/]dbtauaohikgv[/url], [link=http://fasownhcrtod.com/]fasownhcrtod[/link], http://npemhjdofvfv.com/ / GiBupC <a href="http://gpsnqwvzbsbg.com/">gpsnqwvzbsbg</a>, [url=http://dbtauaohikgv.com/]dbtauaohikgv[/url], [link=http://fasownhcrtod.com/]fasownhcrtod[/link], http://npemhjdofvfv.com/)
慣用名ギリシャ語名トルコ語名
ファマグスタ
(Famagusta)
アモホストス
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マウサ
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キレニア
(Kyrenia)
ケリニア
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ギルネ
(GiBupC <a href="http://gpsnqwvzbsbg.com/">gpsnqwvzbsbg</a>, [url=http://dbtauaohikgv.com/]dbtauaohikgv[/url], [link=http://fasownhcrtod.com/]fasownhcrtod[/link], http://npemhjdofvfv.com/)
ラルナカ
(Larnaca)
ラルナカ
(GiBupC <a href="http://gpsnqwvzbsbg.com/">gpsnqwvzbsbg</a>, [url=http://dbtauaohikgv.com/]dbtauaohikgv[/url], [link=http://fasownhcrtod.com/]fasownhcrtod[/link], http://npemhjdofvfv.com/)
ラルナカ
(GiBupC <a href="http://gpsnqwvzbsbg.com/">gpsnqwvzbsbg</a>, [url=http://dbtauaohikgv.com/]dbtauaohikgv[/url], [link=http://fasownhcrtod.com/]fasownhcrtod[/link], http://npemhjdofvfv.com/)
ニコシア
(Nicosia)
レフコシア
(GiBupC <a href="http://gpsnqwvzbsbg.com/">gpsnqwvzbsbg</a>, [url=http://dbtauaohikgv.com/]dbtauaohikgv[/url], [link=http://fasownhcrtod.com/]fasownhcrtod[/link], http://npemhjdofvfv.com/)
レフコシャ
(GiBupC <a href="http://gpsnqwvzbsbg.com/">gpsnqwvzbsbg</a>, [url=http://dbtauaohikgv.com/]dbtauaohikgv[/url], [link=http://fasownhcrtod.com/]fasownhcrtod[/link], http://npemhjdofvfv.com/)
リマソール
(Limassol)
レメソス
(GiBupC <a href="http://gpsnqwvzbsbg.com/">gpsnqwvzbsbg</a>, [url=http://dbtauaohikgv.com/]dbtauaohikgv[/url], [link=http://fasownhcrtod.com/]fasownhcrtod[/link], http://npemhjdofvfv.com/)
レイモスン
(GiBupC <a href="http://gpsnqwvzbsbg.com/">gpsnqwvzbsbg</a>, [url=http://dbtauaohikgv.com/]dbtauaohikgv[/url], [link=http://fasownhcrtod.com/]fasownhcrtod[/link], http://npemhjdofvfv.com/)
パフォス
(Paphos)
パフォス
(GiBupC <a href="http://gpsnqwvzbsbg.com/">gpsnqwvzbsbg</a>, [url=http://dbtauaohikgv.com/]dbtauaohikgv[/url], [link=http://fasownhcrtod.com/]fasownhcrtod[/link], http://npemhjdofvfv.com/)
バフ
(GiBupC <a href="http://gpsnqwvzbsbg.com/">gpsnqwvzbsbg</a>, [url=http://dbtauaohikgv.com/]dbtauaohikgv[/url], [link=http://fasownhcrtod.com/]fasownhcrtod[/link], http://npemhjdofvfv.com/)

キプロス島は、事実上2つの国家に分断されており、南部がキプロス共和国政府(ギリシャ系住民)が支配する地域、北部が北キプロス・トルコ共和国としてトルコ系住民が分離独立を主張している地域となっている。

分断以前のキプロス島は、行政的に右記の6地区(ギリシア語: GiBupC <a href="http://gpsnqwvzbsbg.com/">gpsnqwvzbsbg</a>, [url=http://dbtauaohikgv.com/]dbtauaohikgv[/url], [link=http://fasownhcrtod.com/]fasownhcrtod[/link], http://npemhjdofvfv.com/ / トルコ語 : GiBupC <a href="http://gpsnqwvzbsbg.com/">gpsnqwvzbsbg</a>, [url=http://dbtauaohikgv.com/]dbtauaohikgv[/url], [link=http://fasownhcrtod.com/]fasownhcrtod[/link], http://npemhjdofvfv.com/)に分かれていた。ここでいう地区は「」とも訳されるが、元来はキプロス州におかれた「」にあたる行政区画である。

分断後はキプロス島全6地区のうち、ファマグスタ地区、キレニア地区の全域と、ラルナカ地区およびニコシア地区の一部が北キプロス領となっており、とくに首都ニコシアは町の中心で分断されている。なお、ファマグスタは現在の北キプロスではトルコ語で戦士を意味するガーズィーの称号を冠してガーズィマウサ(Gazimağusa)と呼ばれている。

キプロスは、旧イギリス植民地であり、2つの公用語でそれぞれ異なった地名を持つことから、地名は英語名で呼ばれることが一般的であり、以下の地図もそのように記されている。しかし、南キプロスではギリシャ語の地名、北キプロスではトルコ語の地名に言い換えられることも多い。

以下の地図の斜線部分は独立以後も残されているイギリスの主権基地領域(アクロティリおよびデケリア)で、この領域にはキプロス共和国政府の主権は及ばず、イギリス主権の下に置かれているイギリスの海外領土である。また、灰色部分は南北の衝突を抑止するため国連の引いた緩衝地帯(通称グリーンライン)である。

地理

300px|thumb|キプロスの地図。 キプロスは、キプロス島一島からなる島国であり、地中海ではシチリア島サルデーニャ島に次いで3番目に大きい島である。

北に位置するトルコまで75kmという地理的な面からアジア中東または西アジア)に分類される場合もあるが<ref>アジアへの分類の例として:キプロス | AsiaLinks -アジア関係リンク集- | アジア情報室 | 国立国会図書館-National Diet Library</ref>、ギリシャ系キリスト教徒が多い為、ヨーロッパ南ヨーロッパ)に分類される場合もある<ref>ヨーロッパへの分類の例として:外務省: キプロス共和国</ref>。

地中海性気候で、夏は暑く、乾燥する。北部は海岸線に沿って山脈があり、首都ニコシアを中心とする中央部が平坦地となっている。南部は大部分が山地で、海岸線に沿って狭隘な平地がある。

島の最高峰はオリンポス山で、標高は1951m。冬は雪も降り、スキーができる。

経済

1980年代から1990年代に大きな経済成長を遂げたが、観光産業に依存していたためヨーロッパでの景気の変動に弱かった。また、1990年代は東欧諸国からのマネーロンダリングで悪名をとどろかせた<ref name="20071213nikkeibo">『キプロス:低税率が魅了、EUのロシア投資拠点に』2007年12月13日付配信 日経ビジネスオンライン 日経BP社</ref>。

2005年前後時点において、キプロスは4%前後の経済成長、3%台後半の低い失業率と良好な経済状況を維持している<ref name="20071213nikkeibo"/>。

産業

主要産業は、観光業金融業である。

観光業については、ヨーロッパからの観光地として人気がある。2004年5月1日欧州連合(EU)加盟、さらに2008年1月1日の EU 単一通貨ユーロの導入により、観光客の増加が期待される。また、別荘地としても有名で、それに伴って不動産投資も盛んに行われている<ref name="20071213nikkeibo"/>。

金融業については、タックスヘイブンとして有名だった時期もあり、欧州でも金融活動が盛んな地域となっている。ロシアへの投資の際には、キプロスに作った会社を経由して行うケースなど、投資拠点として栄えている。また、会計士や弁護士などの人材も多いという<ref name="20071213nikkeibo"/>。

南キプロスは観光業を含むサービス産業に労働人口の62%が従事し、GDPの70%を占める。天然資源に乏しく、食料の自給も難しいため、貿易は大幅な輸入超過である(輸出約10億ドルに対して輸入は35億ドルを越える)。地中海地域の共通問題である水の供給については海水淡水化プラントの稼動により安定したとされる。自動車は右ハンドルであるため日本からの中古車輸入が盛んである。

北キプロスは、南キプロスに比べて経済的に遅れており、一人あたりGDPは3分の1しかない。国際的にはトルコにのみ独立を承認された国家であるために貿易や外国からの資本導入が難しく、また通貨もユーロではなくトルコのトルコリラを用いるため、1990年代にトルコリラのインフレーションに深刻な悪影響を受けた結果、きわめて苦しい状況が続いている。

鉱業

キプロスの鉱業は5000年の歴史を持つ。紀元前3000年ごろ、まず自然銅が発見される。銅鉱床としては最も古いと考えられ、のラテン語名であるcuprum はキプロスに由来する。自然銅が枯渇した後は銅を含む黄銅鉱から銅を抽出する技術が生まれた。現在でも銅の採掘は続いており、2002年時点では5200トンの銅を産出する。ただし、資源が枯渇している上に内戦によって鉱山施設が分断されたことにより、鉱業はすでにキプロス経済において意味を失ってしまった。このほか、クロムや石綿などを少量産出する。

また、地中海での石油探鉱のため鉱区を設定し、地震探査を行ったため、トルコが領海侵犯と抗議している。

国民

Template:Bar box 民族の帰属意識はおおむね信仰する宗教と一致しており、正教徒ギリシャ系が78%、ムスリム(イスラム教徒)のトルコ系が18%であるとされる。その他の4%にはマロン派アルメニア教会派キリスト教徒がいる。キプロスの正教会はイスタンブルコンスタンディヌーポリ総主教庁にも、アテネ大主教を首座とするギリシャ正教会にも属さず、大主教を長とするキプロス正教会のもとに自治を行っている。なお、キプロスのキリスト教については、イエス・キリストの死後、パウロが第1回の宣教旅行でキプロス島のサラミスとパフォスを訪れ、キリスト教が広まってゆく様が「新約聖書」の「使徒言行録使徒行伝)」第13章に描かれているは有名な話である。

ギリシャ系とトルコ系は歴史的にキプロス島の全域で混住していたが、1974年の南北分断の際、北部に住むギリシャ系住民の大半はトルコ軍の支配を嫌って南部に逃れ、南部に住むトルコ系住民の多くが報復を恐れてトルコ軍支配地域に逃れた結果、ギリシャ系の99.5%が南キプロスに、トルコ系の98.7%が北キプロスに住む。その他の系統の住民は、99.2%が南キプロスに居住している。なお、経済的に苦しい北キプロスではかなりの数のトルコ系住民がトルコヨーロッパに出稼ぎに移住した一方、トルコから多くのトルコ人が流入したため、トルコ系キプロス人の正確な人口を割り出すことは難しい。

教育

キプロスの初等、中等教育は行き届いているといわれている。

高等教育は以前ギリシャ、トルコ、英国、米国などに依存することが多かったが、近年下記のような大学ができている(大学名のリンク先はウィキペディア英語版へ):

海外からの留学生も増えている。

文化

世界遺産

キプロス国内には、ユネスコの世界遺産リストに登録された文化遺産が3件存在する。詳細は、キプロスの世界遺産を参照。

キプロス問題

キプロスは東ローマ帝国の支配下でギリシャ語を話す正教徒が大多数を占めるようになっていたが、オスマン帝国支配下で、トルコ語を話すムスリム(イスラム教徒)が流入し、トルコ系住民が全島人口の2割から3割程度を占めるまでになった。

イギリス統治下のキプロスではエーゲ海の島々と同じくギリシャに併合されるべきという要求(エノシス enosis)がギリシャ系住民の間で高まり、1948年にはギリシャの国王がキプロスはギリシャに併合されるべきとの声明を出し、1951年にはギリシャ系住民の97%がギリシャへの併合を希望していると報告された。一方のトルコ系住民の間ではキプロスを分割してギリシャとトルコにそれぞれ帰属させるべきとの主張(タクスィム taksim)がなされており、キプロスの帰属問題がイギリス、ギリシャ、トルコの3か国の間で協議された。その結果、中間案として1959年チューリッヒでキプロスの独立が3国間で合意された。

1960年、ギリシャ系独立派の穏健的な指導者であったキプロス正教会マカリオス大主教を初代大統領としてキプロス共和国は独立を果たした。しかし、1963年には早くも民族紛争が勃発し、1964年3月より国際連合キプロス平和維持軍が派遣された。

さらに1974年7月15日ギリシャ軍事政権の支援を受けた併合強硬派がクーデターを起こしてマカリオス大統領を追放。トルコはこれに敏感に反応し、トルコ系住民の保護を名目に7月20日キプロスに侵攻した。これにより7月22日にクーデター政権が崩壊するが、トルコ軍はキプロス分割問題の解決をはかって8月13日に第二次派兵を敢行し、首都ニコシア以北のキプロス北部を占領した。トルコの支持を得たトルコ系住民は翌年、キプロス共和国政府から分離してキプロス連邦トルコ人共和国を発足させ、政権に復帰したマカリオスの支配するギリシャ系の共和国政府に対して、連邦制による再統合を要求した。

1970年代以来、南北大統領の直接交渉を含む再統合の模索が続けられているが、分割以前の体制への復帰を望むギリシャ系キプロス共和国と、あくまで連邦制を主張するトルコ系北キプロスとの主張の隔たりは大きく、再統合は果たされてこなかった。1997年にキプロス共和国がEU加盟候補国となったことは、国際的に孤立し経済的に苦しい北キプロスにとっては大きな危機であったが、その後の国連の仲介案を得た統合交渉も不調に終わった。

2004年5月1日のキプロスのEU加盟を前に、北キプロスが政治的経済的に取り残されることを避けるため、同年2月9日より国連のコフィー・アナン事務総長の仲介で再び南北大統領による統合交渉が行われ、3月31日の交渉期限直前に国連案(アナン・プラン)に基づく住民投票案が合意された。しかし、4月24日に行われた南北同時住民投票はギリシャ系の南側の反対多数という結果に終わり、EUへの参加による国際社会への復帰を望むトルコ系側の賛成多数にもかかわらず否決された。これは、国連案がトルコ系住民側およびトルコ共和国が主張してきた連邦制を前提とし、ギリシャ系難民の北部帰還を制限、またトルコ軍の駐留を期限付き(最低7年間)ながら認めるなど、ギリシャ系住民側にとって容易に受け入れがたい内容を含んでいたためである。南のキプロス共和国では2004年、2006年の総選挙でいずれも統合反対派が勝利し、以降の統合交渉は停滞した。

一方、失敗に終わったものの統合交渉に前向きな姿勢を示して国際社会での得点を稼いだトルコは、同年10月3日、長年望んでいたEU加盟交渉開始のテーブルにつくことになった。しかし依然としてトルコはキプロス共和国をキプロスの公式の政府として承認することを拒否しつづけ、トルコのEU加盟交渉における課題点となっており、2006年12月にはキプロス共和国の船舶・航空機のトルコ入港拒否問題が原因で加盟交渉が一部凍結された。2008年1月のトルコ、ギリシャの首脳会談で、ギリシャ首相コスタス・カラマンリスはトルコが国家承認を拒んでいるギリシャ系のキプロス共和国について「国交正常化がトルコの欧州連合(EU)加盟に必要条件だ」と指摘。「すべての条件を満たしたとき、EUはトルコを正式メンバーとして認めるべきだ」と条件付きながら、トルコのEU加盟を支持する考えを明らかにした。

2008年2月に行われた南キプロス大統領選挙で再統合推進派のディミトリス・フリストフィアスが当選、3月に北キプロスのメフメト・アリ・タラート「大統領」との間で首脳会談が実現。4月にはキプロス分断の象徴とされていたレドラ通りの封鎖開放という融和策も実行された。引き続き再統合の話合いが行なわれ、9月3日に包括的な再統合交渉を開始することが決まり<ref>共同通信 2008年7月25日「9月にキプロス再統合交渉 南北が合意、住民投票も」</ref>、同年12月までに計13回の交渉が開かれた<ref name="gaimusho">外務省:キプロス共和国</ref>。

2009年4月21日に北キプロスで行われた議会選挙で、再統合交渉に消極的な野党国家統一党が勝利を収め、タラート大統領の与党共和国トルコ党が敗北した。これに対して、トルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン首相が再統合交渉の継続を求める発言をしており、国家統一党側もトルコの意向を無視できないとみられている<ref>日経ネット 2009年4月22日閲覧</ref>。

2009年6月までに、キプロス再統合交渉において、統治と権力分割、財産権、EU問題、経済問題、領域、安全保障の6分野のうち経済問題までの交渉が終了していたが<ref name="gaimusho" />、その後交渉は停滞した。

続く2010年4月の北キプロス大統領選挙では、統合消極派のデルヴィシュ・エロール首相が当選した。任期中に交渉を進展させられなかったタラート大統領に対する有権者の不満が選挙結果に影響したものと見られている。この結果に対してトルコのエルドアン首相は、再統合交渉の年内妥結を目指したい考えを延べ、エロール首相にクギを刺した<ref>北キプロス大統領選 統合消極派の首相が当選 - MSN産経ニュース 2010年4月19日閲覧</ref>。

略年表

キプロス問題に関する参考文献

  • 大島直政『複合民族国家キプロスの悲劇』新潮社、1986年
  • 鈴木董『イスラムの家からバベルの塔へ オスマン帝国における諸民族の統合と共存』リブロポート、1993年
  • 桜井万里子(編)『新版世界各国史17 ギリシア史』山川出版社、2005年
  • 内藤正典「中東・西欧マンスリー - トルコのEU加盟交渉とキプロス問題」2006年11月20日 http://www.global-news.net/ency/naito/daily/061120/01.html (last accessed February 18, 2007)
  • マイノリティ・ライツ・グループ(編)『世界のマイノリティ事典』明石書店、1996年
  • キリスト教聖書:「新約聖書」の「使徒言行録使徒行伝)」第13章 (上の「国民」の項で、宗教の記述を参照)

脚注

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関連項目

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